《地獄の黙示録》の予算は既に300万ドルもオーバーしていた。配給のユナイトがこれを保証したが、収益が4000万ドルに達しなければコッポラが返済する旨の条件が付された。 「大きな計画は必ず予算を越える。橋梁建設。NASAの計画。映画製作も例外ではない」(コッポラ)。 彼の頭の中には、その理想とする「芸術」を完成させること以外はなかった。そして、撮影再開後も完全主義を貫き、多くのフィルムを無駄にした。 それはさながら、失敗作を地面に叩きつけて破壊する陶芸家の心境なのだろう。しかし、陶芸作りは個人作業だが、映画作りは何百もの人々との共同作業である。そのことをコッポラは忘れている。 |
ところで、本作の現場においては、サム・ボトムズが本物のドラッグを服用させられたとか、フレデリック・フォレストが虎に喰われそうになったとか、俳優の受難劇も多かったが、最大の受難者は間違いなくマーチン・シーンである。 「或る日、私は自分の役柄が判らなくなり、コッポラにそう打ち明けた。この男はいったい誰なんです?。彼は私の眼を見つめてこう云った。君だよ。君自身がウイラードなんだ」(マーチン・シーン)。 アクターズ・スタジオ出身の俳優は、ロバート・デニーロを始めとして、みな演じる役になりきるように教えられている。シーンも例外ではなかった。そして、なりきるべき役が自分自身であることを告げられた彼は混乱した。なにしろウイラードは暗殺者だったのである。 「あの場面は人間の内面に潜む悪を描きたかった。マーチンの人格の中の暗黒面を引き出し、彼が暗殺を行える男であることを示したかったのだ」(コッポラ)。 「マーチンは素晴らしい人物だ。ウイラードとは違う。その彼が自分の中の暗黒部分をさらけ出せと要求されたのだから.....。彼はいつもの自分をとことん押し殺して、自分の中に暗殺者を求めた。ウイラードを演じたことが、あの発作を招いたんだ」(サム・ボトムズ)。 |
1977年3月1日午前2時、マーチン・シーンは激しい心臓発作に襲われて入院、あと一歩遅ければ死ぬところだった。以下はコッポラとプロデューサーとの電話での会話からの抜粋。 「マーチンが心臓発作を起こしただって?。いったい誰がそんなことを?。30分でハリウッド中に知れ渡ってしまうぞッ。ユナイトが聞きつけたら僕はおしまいだ。例えマーチンが死んでも僕がそう宣言するまでは口にするなッ。判ったなッ。僕は怖い。死ぬほど怖い。今、生まれて始めて恐怖を感じている」。 そりゃ怖いだろうが、私は主演俳優の臨死を隠蔽しようとする映画監督の方に、よっぽど恐怖を感じる。
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