「みなさん、私がオーソン・ウェルズです。本日お送りしたドラマは休日のお愉しみ以外の何物でもなかったことをここにお断りしておきます。ここドラマは、例えば、薮の中から飛び出して人を驚かせる、というようなことを、ラジオというメディアを通じて行ったに過ぎないのです。
 我々は、みなさんの耳と通して、世界を滅亡させ、CBSを破壊しました。しかし、我々がそれを本気で行ったのではないことを、そして、この世界も、CBSの職員も、今もピンピンしていることをお知りになれば、みなさんもほっとなさることでしょう。
 それではみなさん、おやすみなさい。せめて、明日の夜ぐらいまでは、今夜学ばれた教訓を忘れないで下さい。
 そうです。これは、大人のためのハロウェインだったのです」。

 しかし、怒り狂った市民はハロウィンでは済まされなかった。リンチを予期した警察は放送終了と同時にスタジオになだれ込み(当時のラジオはすべて生放送だった)、出演者やディレクター、エンジニア等、すべての関係者を安全な場所に移動させた。CBS前の騒動は夜通し続き、ニューヨーク市長までもが「ウェルズを殴ってやる」と興奮していた。

 ヒステリーの大半は翌日には治まっていた。しかし、市民の怒りは治まらなかった。
「ウェルズを出せ!」。
「あの畜生をリンチにしろ!」。
 怪童ウェルズは十分すぎるほど名を売ったが、当分の間は雲隠れしていなければならなかった。
 数日後、連邦通信委員会は聴聞会を開き、いくつかの放送上の規定が設けられた。CBSは全面的に謝罪し、このような不祥事は二度と起こさないことを市民に約束した。そして、全国で損害賠償請求訴訟がCBSやマーキュリー劇団に対して提訴され、その要求額は数百万ドルにも及んだ。



 そんな逆境のウェルズを救ったのは、ドロシー・トンプソンのコラムだった。

「ウェルズ氏のこの実験的なラジオドラマは、合衆国市民が戦争のような緊急事態に際して如何に弱いものであるかを暴露するという意味で、合衆国のために貢献したと云うことができる」。

 このコラムを契機に、新聞や他の論評は大衆の「信じられないほどの騙されやすさ」について言及した。ウェルズがドラマの中で再三に渡って、これはフィクションである旨のコメントを入れていたこと、題材が「火星人襲来」という驚くほど突飛なものであったこと、そして、ラジオを他局に回せばこれが茶番であることが容易に知ることがでいたこと等も幸いした。世論はウェルズに好意的となり、御陰で彼は騒乱罪を免れた。訴訟のすべてが法廷で棄却され、事件はウェルズの圧倒的勝利で終わった。あのキャンベル・スープが《マーキュリー劇場》のスポンサーとして破格の金額を提示してきたからである。

 ところで、ウェルズの事件の1年後、エクアドルで「火星人襲来」を真似する者が現れた。結果、死者が出る大パニックに発展した。嘘だと判ると、怒り狂った市民はラジオ局を焼き払った。企画者は投獄され、番組の出演者6人を含む21人が殺害された。この事件を受けてウェルズは後に、このような感想を述べている。

「私は幸運だったといえるでしょう。何故なら、投獄されることもなく殺されることもなく、ハリウッドに招かれたからです」。

 その通り。彼はハリウッドに招かれ、映画芸術の金字塔《市民ケーン》を製作するのである。(了)


 註:ウェルズによる「火星人襲来」パニックの全貌は、実は新聞社がデッチ上げたデマだった、との説もあるが、本稿ではあくまで事実であったことを前提に執筆した。


【参考資料】
*《詐欺とペテンの大百科》カール・シファキス(青土社)
*《ペーパームーン増刊〜SFスペースファンタジー》1978年3月刊(新書館)
 〜オーソン・ウェルズの「火星人襲来」(シナリオ全掲載)
*《「市民ケーン」、すべて真実》ロバート・L・キャリンジャー(筑摩書房)
*《シリーズ20世紀〜4・メディア》(朝日新聞社)
*《オーソン・ウェルズのフェイク》〜ドキュメンタリー
*《アメリカを震撼させた夜》監督=ジョセフ・サージェント
 〜1977年2月26日、NHKにて放映