とはいうものの、さすがはハースト家である。祖父ウィリアム・ランドルフ・ハーストの威光はいまだ衰えていなかった。ジョン・ウェインを始め、ロナルド・レーガン等、タカ派の大物たち総勢百余名がこぞってパティの釈放に嘆願書を提出した。洗脳の事実が斟酌されて7年に縮められた懲役刑には更に仮釈放の恩恵が付され、77年11月19日、150万ドルの納付金と引き替えにパティは自由の身となった。あれだけ世間を騒がせたにも拘わらず、パティは23ケ月服役しただけだった。

 ところで、ハースト家のこうした裏工作は、真にパティのためのものだったのだろうか?。
 ハースト家のメンツのためのものではなかったか?。
 何故なら、ハースト家は一度はパティを見捨てているのだ。FBIのSLA襲撃は明らかにパティ救出に向けられたものではなかった。パティの抹殺にこそ主眼があった筈である。この頃にはハースト家はこの「じゃじゃ馬」にほとほと手を焼いていた。ヘタに生還されるよりも、いっそのこと死んでくれた方が都合がよかった.....。
 上の私の推理には反論もあろう。しかし、これは普通の家庭に起きた誘拐事件ではない。政財界に多大な影響力を有し、FBIはもちろん様々な政府機関への発言権を持つ、恐れ多きハースト家の事件なのである。一族を「豚」呼ばわりしたじゃじゃ馬娘を抹殺するぐらいの心の準備は出来ておる。
 ところがどっこい、パティは生還してしまった。しかも、そのまま「タニヤ」で居続けてくれた方が都合が良かったのだが、あっさりと「パティ」に戻ってしまった。彼女がハースト家に戻った以上、そのままブタ箱に入れておくことは一族のメンツが許さない。かくしてパティは自由の身となった。



 しかし、自由になったパティには「タニヤ」であった頃の真の自由はない。彼女を待っていたのは、ハースト家の一員としての涙ぐましい「社会復帰」の努力だった。
 彼女は務めて社交の場に登場するようになった。有名人のパーティには必ず出席し、進んでインタビューにも応えた。もちろん笑顔は絶やさない。マスコミを通じてイメージ回復を目論んでいることは明らかだった。
 イメージ戦略の極めつけは、警察官バーニー・ショーとの結婚である。
 しかし、その一方で、悪趣味映画の巨匠ジョン・ウォーターズ作品へも出演している。90年の《クライ・ベイビー》を皮切りとして、《シリアル・ママ》《ペッカー》、そして最新作の《セシル・B・シネマ・ウォーズ》と、今や悪趣味映画の常連だ。これは思うに、彼女に出来る唯一のハースト家への反抗なのだろう。

 以下はウォーターズ作品でのパティの配役一覧。
《クライ・ベイビー》では、緑のおばさん。
《シリアム・ママ》では、最後に殺される陪審員。
《ペッカー》では、画廊の若作りのおばさん。
《セシル・B》では、オナニー少年の母親。
 次第に変態度がアップしてきている


《主な参考資料》
*《GREAT CRIMES AND TRAILS OF THE 20TH CENTURY》(HAMLYN)
*《現代殺人百科》コリン・ウィルソン(青土社)
*《地獄のハリウッド》
〜《市民ケーンの孫娘バティ・ハーストの生還》浜野保樹(洋泉社)
*《20世紀全記録》(講談社)
*映画《テロリズムの夜》監督=ポール・シュレーダー