ヴェロニカ・コンプトン
Veronica Compton (アメリカ)



ヴェロニカ・コンプトン

 世の中は広いもので、囚人(特に連続殺人犯)に恋する奇特な方々が存在する。彼女たちは俗に「プリズン・グルーピー」と呼ばれている。中でも最も有名なのが、このヴェロニカ・コンプトンだ。なにしろ彼女は愛しい囚人から云われるままに、自らも殺人に手を染めてしまったのである。

 当時23歳のヴェロニカは、女優志望、詩人志望、小説家志望と手広く志望の、要するに「有名になりたい女」だった。『プレイボーイ』誌にヌード写真を送りつけたこともあるので、有名になれればなんでもよかったのだろう。そんな彼女が特に興味を抱いていたのが殺人で、当時の新聞紙面を賑わせていた「ヒルサイド・ストラングラー」ことケネス・ビアンキの大ファンになってしまった。ヴェロニカは早速、熱烈なファンレターを拘置所に書き送った。

「私は今、連続殺人事件を題材にした脚本を書いています。その道の達人としての立場から、何かアドバイスをしていただけないでしょうか?」

 その脚本に登場する女の連続殺人犯は、被害者の膣に精液を注入して警察を欺いていた。ビアンキは大いに興味を持った。これを現実に応用すれば「ヒルサイド・ストラングラー」が自分より他にいることを擬装することができるかも知れない。ビアンキは彼女に会ってみることにした。
 面会に来た彼女は、想像していたよりも遥かに美人で、ビアンキはたちまち気に入ってしまった。ヴェロニカもビアンキに首ったけ。面会は1日2回となり、熱く未来を語り合った。

「2人で世界一周の殺人旅行に出掛けよう。そして、被害者の性器を切り取って、ホルマリン漬けにして飾るんだ」
「まあ、ロマンチックねえ」

 嘘のような話だが、本当なのだから仕方がない。

 2人が殺人旅行に出掛けるためには、ビアンキが無罪放免にならなければならない。そこで、ビアンキの企みを実行することにした。
 まず、ゴム手袋で自慰をしたビアンキは、精液がたまった指の部分だけを切り取って、本の背に隠して彼女に渡した。これを受け取ったヴェロニカは、ワシントン州ベリンガムへと飛び、シャングリラ・モーテルにチェックインすると、付近のバーで働くキム・ブリードに狙いを定めた。何杯か飲んで彼女と親しくなったヴェロニカは、モーテルまで車で送ってもらい、部屋でもう少し飲まないかと誘い込んだ。そして、ロープを手に取り、背後から忍び寄ると、彼女の首に巻き付けた。
 ところが、キム・ブリードは毎日のようにフィットネス・クラブに通う健康的なお姉さん。殺人マニアのいかれぽんちとは体力が違う。ヴェロニカはあっさりと投げ飛ばされて逃げ出したが、またたく間に逮捕され、殺人未遂の罪で終身刑を宣告された。

 その後、ヴェロニカはビアンキの裁判に証人として召喚された。既にヴェロニカに興味をなくしていたビアンキに対し、ヴェロニカは芝居がかった大袈裟な態度でその悪辣ぶりを証言した。しかし、反対尋問で、かつてモルグに忍び込んで屍姦する計画を立てていたことを認めたために、陪審員は彼女もビアンキと同類と看做し、聞く耳持たぬになってしまった。
 なお、この頃、彼女が首ったけになり、ラブレターを交わしていたのが「サンセット・ストリップ・スレイヤー」ことダグラス・クラークである。


 ところで、ヴェロニカと別れたビアンキはというと、1989年に獄中で結婚している。相手はシャーリー・ブックという民間人で、彼女もやはり熱烈な「プリズン・グルーピー」だった。最初はテッド・バンディにファンレターを送っていたが、まったく相手にされないのでビアンキに乗り換えたのだ。近所の人曰く、

「あの人はいつも囚人に手紙を送っていたわ。バンディの他にも何人もいたわね。本もよく読んでた。連続殺人者の本が山ほどあったのよ」

 シャーリーはビアンキと3年間文通し、2人の未来を延々と書き綴った。その上、まだ面会したこともないのに、ウェディング・ドレスを買い込み、結婚式の招待状まで用意した。
 入籍の当日、ウェディング・ドレスを身にまとったシャーリーが刑務所に押しかけたが、面会は許可されなかった。それでも彼女は信じ続けている。

「あの人はきっと釈放される。私はやっと素敵な人を見つけたのね」

 シャーリーは一度結婚に失敗している。その後につきあった男もろくでなしばかりだった。彼女が「プリズン・グルーピー」になった理由が、なんとなく判る気がする。


参考文献

『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
週刊マーダー・ケースブック25『ヒルサイドの絞殺魔』(ディアゴスティーニ)
『続連続殺人者』タイムライフ編(同朋舎出版)
『殺人者を愛した女たち』シーラ・アイゼンバーグ著(中央アート出版社)


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