ティリー・グビューレク
Tillie Gburek
a.k.a. Ottilie "Tillie" Klimek (アメリカ)


 

 細木某が「あんた、死ぬわよ」と予言して、その通りに死んだ場合、お人好しな人々は「数子すごい」と思うのだろうが、ああいう類いのものを一切信じない私などは「数子が殺った」と思うのである。本件がまさにそういう事例である。

 シカゴのポーランド人街に住むティリーという名のおばさんは、その界隈では予言者として知られていた。予言といっても「近所の犬の死を云い当てる」という程度のちっぽけなものだったのだが、これが見事なほどに的中した。
 ところが或る日、これまでにない大きな予言を当ててみせた。
「今日、悲しいお告げがあったの。夫のジョンがもうすぐあの世に召されて、あたしは3週間以内に未亡人になるっていうのよ」
 3週間後、予言通りに28年間連れ添ったジョン・ミトキエヴィッツは急逝し、ティリーは千ドルの保険金を受け取った。1914年のことである。

 6週間後、彼女はジョン・ラスコヴスキーと再婚した。ところが、3ケ月後に再び悲しいお告げがあった。2週間後に予言は適中し、彼女はまたしても未亡人になった。
 3人目の夫ジョセフ・ガスゾヴスキーも、やはり予言通りに急逝した。

 4人目の夫となるフランク・クプツィックとの結婚式の席で、ティリーは親類のローズ・チェドズィンスキーから皮肉たっぷりにこう訊かれた。
「今度の旦那さんの寿命はどのくらい?」
 カチンときたティリーは答えた。
「判らないけど、あなたの寿命なら判るわ。あと6週間ね」
 ローズは予言通りに6週間後に死亡した。

 ティリーと仲が悪かったお隣の3人の子供も予言通りに死亡して、4人目の夫も急逝した。この時はだいぶ前からお告げがあったようで、ティリーは夫を入れる棺を予め用意していた。
 そして5人目の夫、アントン・クリメックにも悲しいお告げが下るのだが、彼が危篤に陥ると、不審に思った弟が警察に通報。捜査の結果、ティリーお手製のスープの中からお告げの正体が発見された。砒素だった。

 4人目の夫の殺害容疑でのみ起訴されたティリーは、このように予言した。
「お告げによれば、私は死刑にはならないわ」
 予言は的中し、彼女は終身刑になった。1923年3月のことである。
 おしまい。


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)


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