ティート・ハーム
Teet Haerm (スウェーデン・デンマーク)


 

 まるでB級映画のようなキッカイな事件である。

 1984年7月19日、コペンハーゲンにある警察運動場のゴミ箱から、ビニール袋に詰められたカトリーナ・デ・コスタのバラバラ死体が発見された。1週間後には、今度は公園のゴミ箱からアニカ・モースのバラバラ死体が発見された。更に8月1日、ストックホルムの赤線地帯で、クリスティーン・クラヴァーシェの全裸の絞殺死体が発見された。
 3人とも売春婦だった。
 その後も売春婦ばかりが5人も失踪しており、同一犯の犯行と思われた。

 やがて現場周辺を白いフォルクスワーゲンで徘徊していた男が容疑者として浮上した。その男はなんと、被害者の検視解剖を担当した監察医、ティート・ハームだった。同一犯の犯行を示唆したのは彼だった。そして、このように言及していたのだ。
「極めて巧妙に解体されています。犯人には医学の素養があるでしょう」
 ハームはもともとは高名な病理学者だったのだが、1982年に妻殺しの容疑で逮捕されたために失脚した過去があった。結局、証拠がないために不起訴となり、現在は監察医として生計を立てていたのである。前歴から考えても彼の嫌疑は濃厚だ。しかし、このたびも証拠がなく、警察は逮捕することが出来なかった。

 翌年3月になって、失踪していた売春婦のうち2名の死体が、ハマービュー沖の海に捨てられていた車の中で発見された。
 そして1986年1月7日、日本人女性の留学生がやはりバラバラになって発見された。

 事態が進展したのは1987年になってからである。ハームの友人である医師トーマス・アルゲンが娘のカリン(5)を性的に虐待していたかどで逮捕され、ハームの殺人に加担していたことを自供したのだ。
 その供述はまさにB級映画、特に「ナチ収容所もの」に出て来るマッド・ドクターそのものだった。被害者を強姦し、拷問して殺害しただけではなく、屍姦から食人に至るまで、人として考え得るあらゆる悪徳を実践していたのだ。しかも、そのソドムの宴に、当時まだ2歳のカリンを参加させていたというのである。裁判では5歳の少女が証言台に立ち、
「彼らは首を切り落としました。そしてバラバラにしたんです」
 などと証言したというから驚いてしまう。

 ハームとアルゲンの2人は有罪となり終身刑を宣告されたが、最高裁でひっくり返って無罪になった。物的証拠が何もなく、カリンの証言が唯一の拠り所とされる中で、その信用性が疑問視されたのである。
 そりゃそうだよなあ。犯行時2歳だもんなあ。
 かくしてマッド・ドクターたちは世に放たれた。トータルで見て、まるでヘタな作り話のような事件である。真実はB級映画よりも奇なり。


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)


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