ゲイリー・ヘイドニク
Gary Heidnik (アメリカ)



ゲイリー・ヘイドニク


ヘイドニクの恐怖の館

 1987年3月24日、ペンシルベニア州フィラデルフィアでの出来事である。

「彼女は早口で捲し立てたんだ。地下室。監禁。女の子が3人。殺された。殺された。食べられた。もっと殺される…。何が何やらさっぱり判らなかったけど
、そのうちにどうやら3人の女が監禁されていることが判ってきたんだよ。彼女も4ケ月も鎖に繋がれて、強姦されて、拷問されて、死んだ女の肉を食べさせられたって云うんだな。なあ。にわかには信じられない話だろ?」

 かく語るヴィンセント・ネルソンはポン引きの黒人青年である。深夜に叩き起こされて誰かと思って出てみると、ガリガリに痩せているけどジョセフィーナ・リヴェラじゃないか。彼女は4ケ月前に客を拾いに出て以来、行方不明になっていたのだ。
 通報を受けた警察は当初は懐疑的だったが、ジョセフィーナの足首の傷を確認するや捜査の必要性を感じた。直ちに令状が取られて、午前4時30分に問題の家に踏み込んだ。地下室には、ジョセフィーナの云う通りに3人の黒人女性が監禁されていた。2人は足首を鎖で繋がれ、1人は足枷と手錠をされて穴の中に入れられていた。
 キッチンの鍋は黒く焦げついていて、なにやら得体の知れないものがこびりついている。とにかく酷い臭いだ。冷蔵庫を開けると、中には人間の腕が入っていた。ギャッと叫ぶや走り出て、外で激しく嘔吐した。呼ばれた鑑識は様々な人間の残骸を発見した。庭の犬がしゃぶっていたのは人間の大腿骨だった。


 この家の主人、ゲイリー・ヘイドニクは1943年11月21日、オハイオ州クリーブランドの典型的な崩壊家庭で生まれた。両親は彼が2歳の時に離婚した。原因はアル中の母の浮気だった。その相手が黒人だったことから、ヘイドニクは父から「黒人は生きるに価しない」と教えられて育った。ちなみに、母は2人の黒人と再婚した後、1971年に自殺している。
 ヘイドニク自身も自殺未遂を13回も繰り返している。知能指数は130と天才並みだが、精神的な疾患があったようだ。精神分裂と診断され、陸軍を除隊している。御陰で月々2000ドルの障害者年金を受け取ることが出来るようになった。

 1971年、ヘイドニクは「神のしもべ統一教会」という宗教法人を設立する。別に信仰心に目覚めたわけではない。実は彼は軍隊時代から高利貸しをしており、株式投資でもかなりの利益を上げていたのだ。つまり、彼は宗教法人の税法上の優遇措置に眼をつけたのである。その一方で、貧しい黒人たちにハンバーガーを奢り、地道に信者を集めて行った。

 1978年、信者で知恵遅れの黒人女性を妊娠させたヘイドニクは7年の懲役刑を宣告される。彼女を不法に監禁し、性的に虐待したためである。彼は他にも3人の黒人女性を妊娠させている。いずれも信者で知恵遅れだった。子供はすべて施設に引き取られた。

 とにかく我が子が欲しかったようだ。1983年に仮釈放されたヘイドニクは、今度は結婚斡旋所を通じてフィリピン人女性と結婚した。しかし、彼女は夫の異常な性欲についていけなかった。なにしろ3Pがざらなのである。4Pなんてこともしばしばだ。愛想を尽かした彼女は出て行ってしまう。ヘイドニクが地下室のハーレムを夢想し始めたのはそれからである。



地下室の穴

 本稿の冒頭で決死の脱出を成し遂げたジョセフィーナ・リヴェラが最初の犠牲者だった。1986年11月26日、ノース・マーシャル通り3520番地のヘイドニクの家で仕事を終えた後、首を絞められて地下室に放り込まれたのだ。床には穴が掘られていた。そこが自分の墓だと思った彼女が悲鳴を上げると、ヘイドニクは諌めて云った。
「いい子にしていれば殺さない。これは懲罰用の穴だ」
 そして、自らの夢を語った。
「ここに何人もの女を閉じ込めて子供を産ませるんだ。大家族を作るんだよ」

 ヘイドニクはホラー映画のマニアだった。数多くのビデオソフトが押収されている。そのリストを私は見たことはないが、『悪魔のはらわた』が必ず含まれていたことだろう。フランケンシュタイン博士がつがいの人造人間を創り、子供を産ませて大家族を作ろうとする物語だ。彼のコレクションの中にはもちろん、名匠ウィリアム・ワイラーの『コレクター』も含まれていた筈だ。つまり、彼がしたことは「ホラー映画のリメイク」なのである。

 3日後の11月29日、サンドラ・リンゼイが2人目の犠牲者となった。実は彼女はヘイドニクの愛人の一人だった。彼の子を身籠ったこともあるが、彼女は堕ろしてしまった。ヘイドニクはそのことを恨んでいた。今度こそは産んでもらう。君も家族の一人になってもらう。

 12月22日にはリサ・トーマスが、1987年1月1日にはデボラ・ダドリーが、1月18日にはジャクリーン・アスキンズが家族に迎えられた。
 この頃にはジョセフィーナは「模範囚」として扱われていた。彼女だけが地下室を出て、ヘイドニクと共に食事をすることを許された。彼女以外の食事はオートミールかドッグフードだった。
 あ。今思い出したのだが、この光景は『悪魔のしたたり』に余りにも似ている。女を誘拐しては拷問し、調教して奴隷にするクソみたいな映画だ。ヘイドニクはこれも観ていたのだろうか?

 2月7日、サンドラ・リンゼイが死亡した。彼女は「いい子」にしなかったために、1週間も天井から両手で吊るされた挙句、無理矢理パンを喉に押し込まれて窒息したのだ。ヘイドニクがサンドラの遺体を担いで地下室を出ると、やがて階上からチェーンソーの音が聞こえ始めた。そして、音が途絶えると、今度は肉料理の匂いが漂ってきた。
 サンドラがいなくなった今、一番の問題児はデボラだった。彼女は何かとヘイドニクに刃向かった。「しつけ」が必要だった。デボラの足枷を外すと、階上へと連れて行った。数分後、真っ青になったデボラが戻って来た。何があったのかジョセフィーナが問いただすと、彼女は重い口を開いた。
「鍋の中のサンドラの頭を見せられた」
 ヘイドニクはそれをデボラに見せながら云った。
「いい子にしないと、お前もこうなるんだぞ」
 サンドラの遺体はバラバラにされてミンチになり、ドッグフードに混ぜられて女たちの食事になった。ヘイドニクはこのアイディアをカルトムービー『フライパン殺人』から得たらしい。しかし、鍋の頭は焦がしてしまった。あまりの悪臭に近所の者が通報したが、立ち寄った警察は鍋の中までは確認しなかった。もし確認していれば、デボラは死なずに済んだ筈である。

 3月18日、遂にデボラ・ダドリーが死亡した。ヘイドニクは穴の中に水を満たし、デボラとリサ、ジャクリーン、そして、サンドラの代わりに補給されたアグネス・アダムズをその中に浸し、電線を入れて拷問した。結果、デボラが感電死したのである。
 ヘイドニクはデボラは調理しなかった。サンドラを焦がして警察を呼ばれたことに懲りたのだろう。ニュージャージーまで運ぶと地中に埋めた。この時、助手席にはジョセフィーナが座っていた。

 ヘイドニクはジョセフィーナが完全に調教されていると信じていたようだ。よくドライブに連れ出したし、ファストフードの店に連れて行ったりもしていた。しかし、ジョセフィーナは脱走の機会を窺っていたのだ。そして3月24日、意を決して「すぐに戻るので、子供たちに会わせて欲しい」と申し出た。これをヘイドニクが許した結果、彼女は助けを求めることが出来たのである。

 死刑を宣告されたヘイドニクは1999年7月6日、薬物注射により処刑された。
 なお、様々な映画の影響を受けていたヘイドニクだったが、彼もまた映画に影響を与えた。『羊たちの沈黙』の地下室の穴はこの事件に基づいている。


参考文献

『恐怖の地下室』ケン・イングレイド著(中央アート出版社)
週刊マーダー・ケースブック63(ディアゴスティーニ)
『カニバリズム』ブライアン・マリナー著(青弓社)
『食人全書』マルタン・モネスティエ著(原書房)
『愛欲と殺人』マイク・ジェイムズ著(扶桑社)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)


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