ジェイムス・ヒューバティ
James Huberty (アメリカ)



惨劇の舞台となったマクドナルド


検視官による店内見取り図(拡大可)

 1984年7月18日水曜日午後4時、カリフォルニア州の国境の町サン・イシドロのマクドナルドは混み始めていた。店員や客のほとんどはヒスパニック系である。まだ22歳の女性店長ネヴァ・デニーズ・ケインは1ケ月前に結婚したばかりだった。ポリーナ・ロペスマルガリータ・パディラエルサ・ボルボアの3人はいつもの笑顔で接客していた。
 異変に最初に気づいたのは副店長のケニー・ヴィレガスだった。頭の禿げ上がった40代のその男は迷彩服に身を包んでいた。肩からはウージー・サブマシンガンを下げ、手にはショットガンが握られている。そんな映画の中でしか見たことがないような武装男が静かに店に入って来たのだ。そして、フロアを掃いていたジョン・アーノルドにおもむろに銃口を向けた。ヴィレガスは叫んだ。
「ジョン、撃たれるぞ!」
 しかし、弾は出なかった。男は銃を下ろして、なにやらいじくり始めた。
 なに、あの人? 悪い冗談ね。
 そんな空気が店内に漂う。憤慨した店長のケインが男を咎めに近づくと、男は肩から下げたウージーを彼女に向けた。
「危ない! ネヴァ、気をつけろ!」
 途端に銃声が店内に響き渡った。至近距離から顔を撃たれたケインはその場に崩れ落ちた。

 ネヴァ・デニーズ・ケイン(22・店長)
 ポリーナ・ロペス(21・カウンター係)
 マルガリータ・パディラ(18・カウンター係)
 エルサ・ボルボア(19・カウンター係)
 ホセ・ルベン・ペレス(19・ドナルドに扮していた店員)
 ヴィクトル・リヴェラ(25)
 アリスデルシ・ヴァルガス(31)
 ジャッキー・ライト・レイエス(18)
 カルロス・レイエス(8ケ月)
 マリア・エレナ・コルメネロ(19)
 クラウディア・ペレス (9)
 ブライス・エレーラ(31)
 マタオ・エレーラ(11)
 オマール・ヘルナンデス(11)
 ダヴィード・フローレス・デルガード(11)
 ミゲル・ヴィクトリア(74)
 アイダ・ヴィクトリア(69)
 ガス・ヴェルスリウス(62)
 ヒューゴ・ヴェラスケス(45)
 ミッチェル・カーンクロス(18)
 グロリア・ロペス・ゴンザレス(23)

 以上の21名が理由なく殺害された。ここでは詳しくは語らないが、手元の資料で彼らの一人一人の情報
を読み進めるにつれ、涙が込み上げて来たことを正直に告白しよう。どうして彼らは殺されなければならなかったのか?
 例えば、ガス・ヴェルスリウスはこの日がトラック運転手としての最後の日だった。この店の常連だった彼は、店員たちに「定年になったら妻と二人で、長年の夢だったスペイン旅行に出かけるつもりだ」とにこやかに語っていたという。その老後の楽しみを一瞬で奪われてしまったのだ。
 なんという運命であろうか? もともと無神論者の私だが、ここで改めて断言する。神などいない。もし、いたとすれば、そいつは犬畜生である。
 他にも19名が重傷を負った。そして、犯人はその場で射殺された。彼の死は、その人生を辿れば、一種の自殺だったことが判る。つまり、このジェイムス・ヒューバティという男は、21名もの謂れなき人々を道連れにして自らの命を絶ったのである。



ジェイムス・ヒューバティ

 ジェイムス・ヒューバティは1942年10月11日、オハイオ州キャントンで生まれた。3歳の頃にポリオを患い、そのために歩行に支障を来した。また、7歳の時に母親が彼を残して家出した。こうした不幸な生い立ち故に次第に自閉的になっていく。少年期の彼の友達は、銃だけだった。
「射撃ばかり練習している変わった子」
 これが隣人たちの評価だった。

 やがて大学時代に知り合ったエトナ・マークランドと結婚し、葬儀屋に勤めたが、僅か2年で退職した。接客が全く出来なかったからだ。その後、溶接工の職を得た。これは天職だった。他人と接しなくてもよいからだ
 めきめきと腕を上げ、報酬もそれなりに貰うようになったヒューバティは、銃のコレクションに凝り始めた。マニア垂涎のプレミアものを手に入れたりしていたという。ところが、大量に溜め込んでいた火薬に引火し、家ごと吹っ飛んでしまう。この時の彼のヘコみ具合たるや只事ではなかったという。

 更なる不幸が彼を襲う。82年に深刻な不況がオハイオ州を直撃し、工場を解雇されてしまうのだ。これを機に「声」が聞こえるようになった。愛犬も話し始めた。要するにクルクルパーになってしまったわけだが、彼は決して認めようとはしなかった。そして、
「犬が話す。犬が話す。どうしたもんか。ほら、また話す」
 などと不平をがなり立てるのだ。衝動的に銃をこめかみに突きつけて自殺しようとすることもあった。事件後に妻は、
「止めなければよかった」
 と述べている。全くその通りである。

 一家は失業後、職を求めてメキシコに渡る。しかし、肌が合わずに(夫妻は共にヒスパニック系を蔑視していた)サン・イシドロに落ち着く。やがて警備会社に職を得るが、ここも解雇されて7月18日を迎えるのだ。
 迷彩服に着替えた彼は、
「出掛ける前にキスがしたい」
 と珍しく妻に接吻し、家を出る際に娘とすれ違った。
「さようなら。もう戻ってこない」
 そう云い残すと、たった一人の戦場へと出掛けて行ったのである。


参考文献

『大量殺人者』タイムライフ編(同朋舎出版)


BACK