ベラ・キス
Bela Kiss (ハンガリー)



ベラ・キス


ベラ・キスの「死の家」(左)


屍体が密封されていたドラム缶

「名は体を表す」と云うが、ドラキュラがチューしているかのような名前のこの男は、まさにそのイメージ通りの「青髭」型連続殺人鬼である。しかも、捕まることなく消え失せた。その犯行の全貌は謎に包まれたままである。

 1916年、ハンガリーでの出来事である。ブタペスト近郊のチンコタという村に税金を滞納したままの家があった。持ち主は2年前に戦争に出たまま行方知れずだ。税務署は已むなくこの家を競売にかけることにした。
 競り落としたのはイストヴァン・モルナーという鍛冶屋だった。早速家族と共に移り住み、納屋を片付けていると、鉄屑の山の後ろに7個のドラム缶を見つけた。もしかして石油が入っているのかも。「ラッキー!」と小躍りしながら蓋をこじ明けると、女の全裸死体が入っていたので仰天した。

 7つの遺体はいずれも中年女性で、密封されていたので腐敗はあまり進行していなかった。しかし、身元の手掛かりがまるでない。判るのはいずれも絞殺されていること、そして死後2年以上経っていることのみである。また、家の以前の持ち主も正体が知れなかった。そこで暮らしていたのは短期間で、近所とのつきあいもまるでなかったのである。
 困り果てた担当刑事は、とりあえず犠牲者を特定することから始めた。近年の行方不明者400名をリストアップし、1人づつ潰して行った。そして15名にまで絞り込んだところで、ようやく1911年に失踪したアンナ・ノヴァクという女性のかつての雇い主を探し当てた。この雇い主はアンナが残したトランクを保管していた。この中から重大な手掛かりが見つかった。それは新聞の切り抜きで、以下の広告の部分に赤鉛筆で印がつけられていた。

「当方、妻に先立たれた独身男性。孤独を慰め合える心温かい独身女性もしくは未亡人との交際を求む。レスタンテ中央郵便局私書箱717」

 この私書箱に登録した男の記録が郵便局に残っていた。名前はエレマー・ナギー。しかし、おそらく偽名だ。住所も実在しないものだった。
 1911年から13年にかけての新聞を調べると、同じ広告が20回以上も掲載されていた。新聞社にあたると、一度だけ郵便為替で広告料を払っていたが、その住所は問題の家ではなく、近所の葬儀屋の住所だった。
 警察は已むなく記者会見を開き、殺人事件であることは伏せた上で広告主の筆跡を新聞に掲載し、読者から情報を求めるように記者たちに依頼した。効果は覿面で、すぐにローザ・ディオシという女性が名乗り出た。
「これは私の婚約者のベラ・キスという男の筆跡です。セルビアの捕虜収容所から届いた手紙を最後に、もう2年も音沙汰がありません。あの人の身にいったい何があったのでしょうか?」
 他にも何人もの女性が名乗り出て、同じようなことを話した。みな結婚を申し込まれ、問題の家で一緒に暮らそうとせがまれていたのだ。

 ようやく事件の概要が掴めた。つまりこのベラ・キスという男は、独身女性を手当たり次第に口説き、問題の家に誘い出しては殺害して、金品を奪い取っていたのである。とにかく性欲が過剰な男だったようだ。ブタペストの売春宿では有名人だった。札ビラを切って派手に遊んでいたらしい。だから遊ぶ金を作るために次々と殺さなければならなかったのだ。
 問題の家の裏庭を掘り起こした警察は、さらに5つの遺体を発見した。しかし、肝心のベラは行方不明のままだ。セルビアの野戦病院で死亡したと思われていたが、後の調査でそれは別人だと判った。つまり、逃亡を図ったベラが身分証をすり替えたのだ。1919年にはブタペストで、1932年にはニューヨークで見たとの目撃情報が寄せられているが、その消息は依然として謎のままである。


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)
『猟奇連続殺人の系譜』コリン・ウィルソン著(青弓社)
『殺人コレクション(上)』コリン・ウィルソン著(青土社)
『死体処理法』ブライアン・レーン著(二見書房)


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