ポール・ジョン・ノウルズ
Paul John Knowles (アメリカ)



ポール・ジョン・ノウルズ


サンディー・フォークス

 1974年11月7日、英国生まれのジャーナリスト、サンディー・フォークスはタブロイド紙の雇われ仕事のためにジョージア州アトランタを訪れていた。ホリデイ・インにチェックインした彼女は、野性味溢れるイイ男に声をかけられた。ダリル・ゴールデンと名乗るその男の本名はポール・ジョン・ノウルズ。全国指名手配されている連続殺人犯だった。

 彼女が殺されなかったのは、職業を明かしたからである。実はノウルズは最近、犠牲者から奪ったカードでテープレコーダーを買い、己れの犯行の一部始終を口述で記録していたのである。おそらく、終点が近いことを本能的に察知したのだろう。たとえ射殺されようとも、俺の辿った軌跡はテープに残る。それが報道されれば有名になる。ちっぽけな彼は世界中にその名が知れ渡ることを望んでいたのだ。そんな矢先にジャーナリストと出会えたのだ。なんたる幸運であろうか。

「実は俺はお尋ね者なんだ。おそらくそう長くは生きられない。だから、俺が死んだら、俺のことを本にしないか? 俺が過去にやらかしたことは全てテープに吹き込んで、マイアミの弁護士に預けてある。どうだい? やってみないか?」

 無名のジャーナリストにとっては魅力的な提案だった。彼女はこれに乗ってみることにした。ところが、マイアミへと向う車中、いくら質問すれども男は具体的な話をしない。ただ仄めかすだけだ。騙されたと彼女は感じた。もういいわ。話せないのなら終わりにしましょ。1週間後の11月13日、寝室まで共にしていた2人は別れた。

 翌日、マイアミの新聞社にいたサンディーの元に警察からの電話があった。
「あなた、ダリル・ゴールデンという男を御存知だね?」
「はい。知っていますが、詳しいことは知りませんわ」
「実は今朝、あなたのお友達のスーザン・マッケンジーに暴行を働いてね」
「えっ? まさか…本当ですか?」
「あなた、あの男の素性を知ってるんじゃないか?」
「知りません。いったい何者なんですか?」
「ポール・ジョン・ノウルズ。ジョージア州のミレッジビルで2人を殺した殺人犯だよ」
 この時点でようやくサンディーは、彼が具体的な話をしなかった訳を知る。ヤバ過ぎて話せなかったのだ。

 警察はサンディーを共犯者ではないかと睨んでいた。サンディーはアリバイを主張したが、夜になって乗り捨てられていたシボレーが見つかると、状況は益々悪くなった。
「あんた、ウィリアム・ベイツを知ってるね?」
「いいえ、知りません」
「知らない筈なんだろ。あんたたちがアトランタから乗って来たシボレーの登録者だよ」
「えっ? 盗難車だったんですか?」
「しかも、あんたたちは途中のモーテルで『ベイツ夫妻』の名義で投宿し、ベイツのカードで支払っているんだよ。そのベイツは9月3日から行方不明だ。さあ、どこへやったんだ?」
 このままでは本当に共犯者にされてしまう。サンディーは彼との出会いから別れまでの1週間を包み隠さず告白した。
「弁護士に預けてあるというテープを調べて下さい。それを調べれば私の無実が判る筈です」
 乗り捨てられていたシボレーからは、ノウルズの遺書と、彼の弁護士であるシャルドン・ヤビッツの住所が見つかっていた。警察は直ちにヤビッツに連絡を取り、テープの提出を求めたが、それは依頼人のプライバシーがどうのこうのと協力しない。
「そもそもそんなテープが本当にあるんですかね?」
 などとしらばくれる始末である。そうこうするうちにチャールズ・キャンベルジェイムズ・マイヤーという2人の巡査が行方不明になり、どうやらノウルズに拉致された可能性ありとのことでいよいよ大事になってきた。200人以上の警官と警察犬、ヘリコプターによる大捜索が開始され、11月17日、遂に根負けしたノウルズはお縄となる。

 令状を取ってテープを押収した警察は、再生してみて予想以上の大物を釣り上げたことを知る。そこには14件にも及ぶ殺人が淡々と記録されていたのである。

  7月28日  アリス・カーティス(65歳/強盗/フロリダ州)
  8月 1日  リリアン・アンダーソン(11歳/強姦/フロリダ州)
         マイレット・アンダーソン(7歳/同上)
  8月 2日  マージョリー・ハウ(主婦/強盗/フロリダ州)
  8月27日  キャシー・スー・ピアス(主婦/強盗/ジョージア州)
  9月 3日  ウィリアム・ベイツ(強盗/オハイオ州)
  9月18日  エメット・ジョンソン(強盗/ネバダ州)
         ロイス・ジョンソン(エメットの妻/強盗/ネバダ州)
  9月23日  チャーリン・ヒコック(主婦/強姦/テキサス州)
  9月29日  アン・ドーソン(主婦/強盗/アラバマ州)
 10月16日  カレン・ワイン(主婦/強姦/コネチカット州)
         ドーン・ワイン(16歳のカレンの娘/同上)
 10月18日  ドリス・ホーヴィー(主婦/強盗/バージニア州)

 以上の他にも、身元不明の十代のヒッチハイカーを殺害したことを認めている。また、この録音の後にジョージア州でカーズウェル・カーとその娘のマンディーを殺害していた。ノウルズがサンディーにあげたミッキーマウスの時計はマンディーから奪ったものだった。このこともサンディーが共犯者と疑われた理由である。更に、拉致された2人の巡査も、木に縛られた状態で後頭部を撃たれていた。合計で18人だ。
 その犯行はアメリカを横断しており、まさに殺人行脚と呼ぶにふさわしい軌跡である。彼が犯行を始めたのは、恋人のアンジェラ・コビックに振られた直後のことだった。ヤケクソになって酒場でバーテンを刺して逮捕され、拘留中に脱走してから地獄の道行きが始まったのだ。いくらなんでもこんな旅がいつまでも続く筈がない。ノウルズが終点を予期していたのも頷ける。

 逮捕されたノウルズは一躍有名人になり、彼の夢は叶えられた。単なるこそ泥の小悪党から大出世である。たくさんのカメラに囲まれて微笑む彼は本当に嬉しそうだ。ところが、幕切れは殊のほか早かった。
 12月18日、ジョージア州の刑務所へと護送されることになったノウルズは、手錠の鍵をクリップで外すと運転手に掴み掛かった。銃を奪われてはなるものかと運転手は激しく抵抗し、揉み合ううちに3発が発射された。2発はノウルズの胸に、1発はこめかみに命中した。即死だった。

 サンディー・フォークスは約束通りにノウルズの本『Killing Time』(『恐怖のハイウェイ』)を出版した。当初は映画化の話もあったそうだが、すぐに下火になってしまった。ノウルズよりも二枚目で凶悪な連続殺人犯、テッド・バンディにお株を奪われてしまったのだ。今日ではノウルズの名はあまり知られていない。残念なことである。


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)
週刊マーダー・ケースブック67『殺人マシン/恐怖の流血ドライブ』(ディアゴスティーニ)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)


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