ジョン・リスト
John List (アメリカ)



ジョン・リスト


ジョン・リストの老けた顔を製作中


逮捕されたジョン・リスト

『W/ダブル』というサイコ・スリラーの佳作がある(脚本は『ホット・ロック』の原作者ドナルド・E・ウェストレイク)。冒頭でいきなり家族を皆殺しにした主人公は、別の顔となり、別の土地に移り住み、別の女と結婚して「理想の家庭」を築こうとする。ところが、完全主義者である彼には僅かなミスも許されない。「理想の家庭」を築けそうにもないと悟るや、この土地での生活を清算するために、現在の妻と義理の娘に牙を剥く。彼はどうやらこんなことを長きに渡って繰り返して来たようなのだ。
 さすがウェストレイクと唸らせる巧みなストーリー構成だが、その2年後に逮捕されたジョン・リストの事件がこれにそっくりなのには驚かされる。彼は18年前に家族を皆殺しにした後に逃亡し、別の名を名乗り、別の土地に移り住み、別の女と結婚していたのである。ウェストレイクが脚本を書いた当時はそのことは判らなかった訳だから、符合はまったくの偶然である。こういうこともあるのだ。

 1971年11月9日、ニュージャージー州ウェストフィールドに18室もある邸宅を構えていた会計士のジョン・リスト(46)は、家族5人を皆殺しにした。

 ヘレン・リスト(妻・46)
 パトリシア・リスト(長女・16)
 ジョン・リスト・ジュニア(長男・15)
 フレデリック・リスト(次男・13)
 アルマ・リスト(母・84)

 その動機は複合的なものだった。最大の動機は「投資の失敗」である。全財産をリーマン株に注ぎ込んでいたと思えばよろしい。リストは破産寸前だったのだ。
 それだけでは家族を皆殺しにする動機にはならない。そうしなければならなかったのは彼が完全主義者だったからだ。彼には豪邸を売り払い、家族を路頭に迷わすことなど出来なかった。そうするぐらいならリセットして、これまでの人生を「なかったこと」にしたかった。だから皆殺しにしたのである。

 昨今の娘の「非行」も悩みの種だった。「非行」と云っても酒を飲み、マリファナを吸い、ブラック・サバスのレコードを聴く程度のものだったが、完全主義者の彼の眼には娘は「傷物」に映ったのだ。

 第二次大戦から持ち帰った旧式の銃を手に取ると、彼はリセットボタン=引き金を引いた。そして、勤務先の上司や友人たち、子供が通う学校に「急用でノースカロライナの親類の家に行くことになりました」などと通知して高飛びしたのである。
 1ケ月ほどして、何の音沙汰もないことに心配したパトリシアの教師がリスト家を訪れ、ボールルームで腐敗して膨れ上がった5つの遺体を発見した。ステレオからはワーグナーの『神々のたそがれ』が大音響で鳴り響いていたというから、リストという男はなかなかの粋人である。

 リストの行方は杳として知れなかった。1989年6月になってようやく逮捕されたのは、テレビのチカラのおかげである。『America's Most Wanted』という番組がリストを取り上げ、老けたその顔の模型を製作したのだ。これにより200件を越す情報が寄せられて、彼が現在、バージニア州リッチモンドでロバート・クラークと名乗って「理想の家庭」を築いていることが判明したのである。
 逮捕されたリストは、自分はロバート・クラークだと頑なに主張したが、陪審員は有罪を評決し、彼は終身刑を云い渡された。

 ひょっとしたらウェストレイクはリストの事件を基にして『W/ダブル』の脚本を書いたのかも知れない。そして『W/ダブル』を観た番組ディレクターが「よく似た事件を知っている」とリストを取り上げたのだとしたら、彼の逮捕は見事な連係プレイの賜物である。しかし、そうであったかどうかを判定するだけの資料が手元にはない。だから、ここら辺でお茶を濁して逃げちゃう私であった。

註:リストは2008年3月21日に獄中で死亡している。82歳だった。


参考文献

『平気で人を殺す人たち』ブライアン・キング著(イースト・プレス)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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