ウィリアム・ベイリー
William Bayly (ニュージーランド)


 1933年10月某日、ニュージーランド最大の都市、オークランドから100kmほど離れたルアワロの農場で、女性の水死体が発見された。アヒル飼育用の池の中で溺死していたのだ。身元はすぐに割れた。その農場の経営者の妻、クリストベル・レイキーだ。そして、経営者であるサム・レイキーもまた行方不明になっていた。

 前日の午後には夫妻ともどもピンピンしていたことを確認した警察は、隣接する農場の経営者、ウィリアム・ベイリーを尋問した。ベイリー曰く、
「あの夫婦は普段から仲が悪かったからね。おそらくサムが奥さんを殺して、高飛びしたんじゃないですか?」
 そうなのかも知れない。しかし、聞き込みを進めるにつれて
、レイキー夫妻とベイリーとの間には確執があったことが判ってきた。

 レイキーの農場は、15年ほど前にベイリーの父親から買い求めたものだった。両家はしばらくは平穏に暮らしていたが、息子の代になってからギクシャクし始めた。切っ掛けは境界のフェンスを巡る争いだったようだ。今ではベイリーは敵意剥き出しで、レイキー夫妻はいつか何かがあるんじゃないかと日頃から脅えていたという。

 こいつは怪しいと睨んだ警察は、ベイリーの農場を捜索した。すると、出て来るわ出て来るわ、骨に歯に毛髪に血染めの衣服の切れ端と「たった今、人間を一人始末しました」と云わんばかりの証拠が続々と発見されたのである。
 つまり、こういうことだったのだ。
 まず、夫人を溺死させたベイリーは、続いてサムをライフルで射殺した。その後、遺体をドラム缶で焼却し、その残骸を農場にばら撒いた。ところが、人一人を焼却するのにこれほど時間がかかるとは思わなかった。そのために夫人の遺体まで焼却するには至らなかったのである。

 かくして有罪を宣告されたベイリーは、1934年7月に処刑された。

(2007年10月17日/岸田裁月) 


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)


BACK