フランツ・ミューラー
Franz Muller (イギリス)



これがミューラー・ハット

 列車は『オリエント急行殺人事件』や『シベリア超特急』等、数々の創作に殺人現場を提供しているが、史上初の列車殺人はこのフランツ・ミューラーの事件である。リーノ兄弟による史上初の列車強盗の2年前、1864年のことである。

 1864年7月9日、ロンドン郊外の線路上に血みどろの老紳士が倒れていた。列車に轢かれたのか? 否。当年70歳のトーマス・ブリッグス翁は一等車の個室で強盗に襲われ、車外に放り出されたのだ。極めて冷酷非情な犯行である。ブリッグス翁はまだ息をしていたが、まもなく病院で死亡した。
 ブリッグス翁の個室にはシルクハットが残されていた。しかし、これは故人のものではない。丈が短いのだ。おそらく犯人のものだろう。そして、英国人はこのようなシルクハットは被らないことから、犯人は外国人と推定された。実際に、盗まれた金時計を30シリングで買い受けた宝石商は「売り主にはドイツ訛りがあった」と証言している。

 件のシルクハットを新聞に掲載して情報を求めたところ、まもなく持ち主が割れた。ロンドンで仕立て屋を営んでいるフランツ・ミューラーというドイツ人だ。早速、下宿先に刑事が飛んだが蛻の殻。定期客船ヴィクトリア号でアメリカに高飛びした後だった。地団駄を踏んだ刑事たちは、逃がしてなるものかと快速船で追いかけ、ニューヨークで待ち伏せして見事ミューラーを取り押さえた次第である。
 刑事たちがミューラーを見つけるのは簡単だった。丈の短いシルクハットを被っていたからだ。彼は強盗を働いた際に帽子を取り違えてしまった。ブリッグス翁のシルクハットを被ってしまったのだ。仕方がないのでそれを5センチほど切り詰めて、いつもの丈に加工したのである。このシルクハットが決定的な証拠となり、フランツ・ミューラーは絞首刑に処された。

 ちなみに、この丈が5センチほど短いシルクハットは新しいもの好きの若者たちの間で評判となり、「ミューラー・ハット」と呼ばれて流行したそうである。史上初の列車殺人者はファッションにも影響を与えたのだ。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『犯罪コレクション(下)』コリン・ウィルソン著(青土社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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