マーダー・インク
Murder, Inc. (アメリカ)



ルイス・レプケ


エイブ・レルズ

マーダー・インク(殺人会社)」とは、ラッキー・ルチアーノの腹心、ルイス・レプケこと本名ルイス・バカルターが指揮監督していた暗殺部隊のことである。もちろん、彼ら自身がそう呼んでいたわけではない。その存在が発覚した時にマスコミが命名したのだ。
 それはまさに「殺人会社」と呼ぶにふさわしい存在だった。全国各地の親分さんの希望に応じて刺客を放ち、高額の報酬を受け取っていたのだ。殺した数は数百人。刺客たちは「仕事はあくまでビジネスと割り切る」と教えられていたという。

 その存在が明らかになったのは、刺客の1人、エイブ・レルズが逮捕されたからだった。彼は殺人の罪で起訴されることを恐れ、特別検察官のバートン・タークスに司法取引を持ちかけたのだ。

「俺はカナリアだ。歌はうまいぜ」

 確かにレルズの歌はうまかった。その供述調書は25冊にも及んだ。「マーダー・インク」の全貌は疎か、その社長のレプケを葬る証言も飛び出した。レルズのおかげでレプケはジョセフ・ローゼン殺しの容疑で起訴されて、1944年3月4日に処刑された。彼はマフィアの大物の中で唯一処刑された男として知られている。

 タークスの次なる標的は、やはりルチアーノの腹心、アルバート・アナスタシアだった。彼はレプケと共に「マーダー・インク」を指揮していたのだ。いわば副社長である。しかし、ルチアーノはアナスタシアは失いたくなかった。そこでレルズの口を塞ぐことにした。

 1941年11月12日、24時間態勢で警護されていたレルズは、匿われていたコニーアイランドのハーフムーン・ホテルの6階から転落死した。窓からはシーツを裂いて結んだものがなびいていたことから、逃走を図り、誤って転落したものと思われた。しかし、真相はこうだ。

 指揮したのはルチアーノの右腕、フランク・コステロだった。

「24時間、サツが張ってます。だから、サツに殺らせるより他に手はありませんぜ」

 ルチアーノは警官の買収に5万ドルを要した。就寝中のレルズを1人の警官が警棒で殴って気絶させ、他の2人が窓から放り投げたのだ。
 カナリアは歌はうまいが、残念ながら飛べなかった。


 なお、本件は1960年にスチュアート・ローゼンバーグ監督により、そのものずばり『殺人会社(Murder, Inc.)』のタイトルで映画化されている。登場人物も実名で、かなり事実に則して描かれており、実録犯罪もののマニアにとっては見応えある作品に仕上がっている。特に、レルズに扮するピーター・フォーク(『刑事コロンボ』)が素晴らしい。彼は本作でアカデミー助演賞にノミネートされている。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『マフィアの興亡』タイムライフ編(同朋舎出版)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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