フレデリック・スモール
Frederic Small (アメリカ)


 

 ニューハンプシャー州マウンテンビューでただいま隠居中のフレデリック・スモールはまだ四十代。隠居するほどの歳ではなかった。全財産も5千ドル程度。これだけでは満足な余生は暮らせない。そこで妻フローレンスを殺害し、保険金を詐取することを企んだ。2万ドルの生命保険と3千ドルの火災保険。その掛け金に千ドルも費やした。失敗は出来ない。目指すは完全犯罪だった。

 計画はこうだ。まず時計を改造して時限発火装置を作る。そして、妻を殺害し、遺体が完全に燃え尽きるようにテルミットを振り掛ける。酸化鉄とアルミニウムを混合した粉末で、高熱で燃えるために溶接に使われている。さて、お次はアリバイ作りだ。友人のエドウィン・コナーとボストンに出掛けている間に火災が発生。家は焼け落ち、妻は炭と化す。証拠は残らず大成功…となる筈だった。

 1916年9月28日、午後4時にコナーと共にボストン行きの列車に乗ったスモールは、午後8時にボストンに到着。ホテルにチェックインすると、その足で芝居見物に出掛けた。その後、食事を摂ってホテルに戻った。そこに火災の知らせが舞い込んだ。
 ハイヤーを雇って自宅に駆けつけたスモールは、
「妻は? 妻はどうしました?」
「やあ、あなたが御主人ですか。こちらで遺体を確認していただけますか?」
 ここで彼は迂闊にも、このように口を滑らしてしまった。
「えっ? 確認できるだけ残っているということですか?」
 その通りだった。フローレンスはほとんど燃えていなかった。まず床が焼け落ち、遺体は地下の水たまりに落下したのだ。その頭部には銃創があり、首にはコードが巻きついている。時限発火装置も焼跡から発見されて、完璧な筈のアリバイはもろくも崩れ去った。
 かくしてしょっぴかれちゃったスモールは、1918年1月15日に絞首刑に処された。

 この事件を書いていて『刑事コロンボ』のこんな台詞を思い出した。
「我々刑事は殺人事件のプロでね、年に100件は経験している。これはすごい修練だ。ところが、犯人はね、どんなに頭が良くても殺人は初めてだ。アマチュアなんですよ」
 たしかに、スモールは頭が良かった。ところが、アマチュアであったがために、床が焼け落ちるとは思ってもみなかったのだ。

(2007年3月29日/岸田裁月) 


参考文献

『犯罪コレクション(上)』コリン・ウィルソン著(青土社)


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