クルト・エリッヒ・テッツナー
Kurt Erich Tetzner (ドイツ)


 

 おそらく史上初の「自動車を使った身代わり殺人事件」である。アルフレッド・ラウスの事件は本件を模倣したものだと思っていたが、ラウスは先例があることは知らなかったらしい。つまり2件は自動車の普及に伴って同時発生した事件だったのだ。悪いことをする奴はいつの時代も同じようなことを考えるものなのだなあ。

 1929年10月24日のウォール街での株価大暴落に端を発した世界恐慌が本件に少なからず影響を与えている。ドイツはただでさえ第一次大戦の賠償金で喘いでいたというのに、そこを大不況の波が襲ったのだ。真っ当なことをしていたのでは、とてもじゃないが喰えなかった。そこで本件の主人公、クルト・エリッヒ・テッツナーが手を出したのが、保険金詐欺だった。

 テッツナーの義母は末期癌で死にかけていた。それでもゴリ押しで1万マルクの生命保険をかけて、義母に手術を受けること勧める。手術はもちろん大失敗。義母は数日後に息を引き取り、テッツナーとその妻エマはまんまと1万マルクを手に入れたのである。1929年11月のことである。
「こりゃあいい金になるぜ、かあちゃん」
 彼が次に考えたのは、自らに多額の保険金をかけた身代わり殺人だった。

 当初は「同乗者求む」の広告を出して、応募者を身代わりにしようと企んだのだが、いざとなると怪しまれて逃げられてしまった。仕方がないのでヒッチハイカーを拾うことにした。アロイス・オルトナーという失業中の自動車修理工はお誂え向きの身代わりだった。背格好がテッツナーに似ている。人気のない道で車を停めると、テッツナーはこう仕掛けた。
「あれえ、ガソリンが洩れてるみたいだなあ」
 なんなら俺が見てやろうかとオルトナーが車の下を覗き込む。そこを背後からスパナで殴りかかった。
 なにするんでい!
 オルトナーは予想以上に強かった。勝ち目がないと悟ったテッツナーは一目散に逃げ出した。気絶しているところを警察に保護されたオルトナーは経緯をすべて語ったが、却って怪しまれて
勾留されてしまった。
 この時に警察が彼の話を信じていれば、テッツナーの犯行を未然に防げたのかも知れない。

 1929年11月25日深夜、懲りないテッツナーはヒッチハイカーを拾った。21歳の華奢な若者で、名前は聞き漏らした。こいつならば勝ち目あり。こう睨んだテッツナーは、若者の首をロープで絞めた。そして、車に火を放った。
 お次はエマの出番だ。彼女は涙ながらに黒焦げ死体を確認した。
「はい。夫に間違いありません」

 テッツナーには3社に分けて総額14万5千マルクもの生命保険がかけられていた。しかも、契約が結ばれたのはついこの間である。疑われない方が不思議である。ノルトシュテルン保険の調査員は直ちにリヒャルト・コッケル教授に検視を依頼した。ドイツ法医学の権威にして、焼死体の専門家である。そのお見立ては以下の通り。

「華奢な骨から見て、被害者はほっそりとした女性的な体型。年齢は20歳前後と推定される」

 テッツナーは26歳。がっちりとした体格で太り気味だった。

「気管には煤煙の跡が見当たらず、血液からも一酸化炭素が検出されない」

 つまり、焼け焦げる前に既に死んでいたのだ。

「以上からこのような結論が導き出せる。遺体はエリッヒ・テッツナーではない。保険金詐取を目的として殺された他の誰かである」

 この報告書に基づき、警察はエマ・テッツナーを監視し、彼女がいつも電話を借りている隣家に協力を求めた。12月4日、遂に「ストラッネリ」と名乗る男から電話があった。刑事はエマを呼びに行くふりをして時間を稼ぎ、その間に逆探知に成功した。電話はフランス北東部ストラスブールの公衆電話からかけられている。刑事は「ストラッネリ」にこう答えた。
「彼女は今、出かけているみたいです。夕方の6時頃にかけ直してもらえませんか?」
 そして、午後6時に再び電話をかけに来た「ストラッネリ」ことテッツナーは地元警察に身柄を押さえられたのであった。なんと間抜けな。

 かくして御用となったテッツナーは、当初は素直に自供したが、裁判に際しては前言を翻して、このように弁明した。
「私はあの若者を殺してなどいません。誤って轢いてしまったのです。さあ、どうしたものかと考え抜いた挙句、彼を身代わりにして逃げ延びることを思いついたのです」
 しかし、陪審員はこの弁明を受け入れなかった。かくして有罪となったテッツナーは、1931年6月に処刑された。

(2007年10月6日/岸田裁月) 


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『死体処理法』ブライアン・レーン著(二見書房)
『犯罪コレクション(下)』コリン・ウィルソン著(青土社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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