ヘンリー・ウェインライト
Henry Wainwright (イギリス)



ヘンリー・ウェインライト

 男はいつの時代でも羽振りがよくなると二号を囲いたがるものだ。
「女優を二号にしたのではない。二号を女優にしたのだ」
 これは新東宝社長、大蔵貢の名言だが、ヘンリー・ウェインライトには彼ほどの器量はなかった。経営するホワイトチャペルのブラシ工場が倒産寸前だったからだ。
 まあ、新東宝もほどなく倒産するんだけどね。

 ブラシ工場を経営していたウェインライトが帽子屋の店員ハリエット・レーンを二号にしたのは1871年のことである。彼女はやがてポンポコリンと2人の子供をひり出すも、その頃には旦那の事業は左前になっていた。
「月々の手当てを減額させてはくれないか」
「あらイヤだ。この物価高のご時世に、これっぱかりのお手当てでどうやって暮らせとおっしゃるの?」
 どうにか家賃の安いアパートに引っ越すことを納得させたが、ウェインライトはもうハリエットが邪魔でしょうがなかった。
 男とは誠に身勝手な生き物である。

 或る日を境にハリエットの姿がパッタリと見えなくなった。2人の子供を預かっている友人がウェインライトに問いただすと、ブライトンに保養に出掛けたという。
 ああ? 子供たちをあたいに預けて、てめえは保養とな?
 やがて友人のもとにエドワード・フリークなる人物から手紙が届いた。ハリエットと結婚し、パリで暮らすつもりだという。
 ああ? 子供たちをあたいに預けて、てめえはボンジュールとな?

 一方、いよいよ事業を畳まなければならなくなったウェインライトは、使用人のじいさん、アルフレッド・ストークスに倉庫から2つの手荷物を運び出させた。重い上にひどく臭い。
「いったい何ですか、これ」
「つべこべ云わずに黙って運べ」
「へいへい。まったく人使いの荒いことで」
「何か云ったか?」
「いいえ、なんにも」
「じゃあ、俺は馬車を呼んで来るから、お前はここで待ってろ」
 臭い荷物と一緒に立ちん坊。バカらしくなってきたなあ。給金だって滞ってるてえのに。しかし、臭いなあ。いったい何なんだい、これ。 じいさんは好奇心から荷物の中身を覗いてみた。
 ひっ。
 その場でへなへなと腰を抜かした。腐乱した女の首と眼が合ってしまったのだ。
 そこにウェインライトが戻って来た。じいさんは必死で平静を装い、荷物を馬車に詰め込んだ。
「お前はもう仕事に戻っていいぞ。ほら、これはお駄賃だ」
「へい、ありがとうございます」
 じいさんは仕事に戻ると見せかけて、こっそり馬車を尾行した。そして、社長の弟トーマスの家の前で停まるのを確認、その足で警察に駆け込んだ。
 じいさん、グッジョブ。

 駆けつけた警官にウェインライトは、
「このまま立ち去って、すべて忘れてくれるなら100ポンド提供しよう」
 などと買収を持ちかけたというから、さすが社長。この申し出はあっさりと断られてお縄になったウェインライトは、ハリエットを殺害し、倉庫の床下に埋めたことを認めた。それをわざわざ掘り起こし、処分しやすいようにバラバラにしたのは、事業を畳まなければならなくなったからだ。そのために発覚したわけだが、倉庫付近では以前から住人たちが悪臭の苦情を訴えていた。発覚は時間の問題だったのだ。

 1875年11月、有罪を評決されたウェインライトは死刑を宣告された。絞首台に上がる際、見物に来た群集に向って、
「人が死ぬのをわざわざ見に来たってか? この野良犬どもが!」
 などと毒づいたと伝えられている。
 なお、弟のトーマスは事後従犯として7年の刑に処された。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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