マイルズ・ウェザリル
Miles Wetherill (イギリス)



マイルズ・ウェザリル


惨劇の舞台となった牧師館(左)

 1868年3月2日、ヨークからトッドモーデン行きの列車に乗ったマイルズ・ウェザリルは憤怒のために体が震えていた。

「そうか。俺とサラの仲を引き裂いたのは、あの忌々しい女中だったのか…」

 16歳の可憐なサラ・ベルがトッドモーデンの牧師、アンソニー・プロウの家に女中として働き始めたのは昨年のこと。一目惚れしたウェザリルはプロウ牧師にその旨を伝え、正式にお付き合いさせて欲しいと願い出た。ところが、牧師は許さなかった。まだ16歳である。ヨークにいる親御さんにも「お嬢さんを責任を持ってお預かりします」と告げてある。傷物にして返すことなど出来やしない。

 それでもウェザリルは諦めなかった。機会を見つけてはサラに果敢にアタックし、やがて2人は密会を重ねるようになる。ところが、まだ子供のサラはそのことを女中仲間のジェーン・スミスに話してしまう。彼女の密告により2人の仲はプロウ牧師の知るところとなり、サラは実家に帰される。それが昨年の11月1日のことである。

 2人はその後も文通を続けていたが、実家に帰った本当の理由をウェザリルは知らないままでいた。そして、このたび週末を利用してヨークまで足を運んで、初めて本当の理由、すなわち2人の仲がバレたこと、チクったのがジェーン・スミスであることを恋人の口から告げられたのである。
 コノウラミハラサデオクベキカ。
 家路へと向う列車の中で、ウェザリルは復讐の計画をあれこれと思案していた。

 午後10時、帰宅したウェザリルは4挺の銃と手斧をベルトに仕込むと、上からコートを羽織ってそれを隠し、憎き女中と牧師夫妻がいる牧師館へと向った。まず裏に回り、勝手口をロープで縛った。裏から逃がさないためである。その音に女中のジェーン・スミスが気づいた。
「旦那様、なんだか外で変な音がします」
「こんな時間に何だろう。野良犬じゃないかな。どれ、見てきてあげよう」
 牧師が玄関を開けるとウェザリルがいた。銃を構えている。
「なんだおまえは!?」
 ウェザリルは引き金を弾いたが不発だった。
「うわっ、なにするんだ!?」
 仕方がないので手斧で襲いかかった。悲鳴を聞いて駆けつけたもう1人の女中、エリザベス・スピンクがウェザリルの後ろ髪を掴んで必死に止めたが、手斧は牧師に繰り返し振り降ろされた。辺りは血の海だ。やがてジェーン・スミスも止めに加わると、ウェザリルの憤怒の矛先は彼女に転じた。
 きっさまあ!
 銃を抜くや、彼女の顔面めがけて引き金を引いた。ジェーン・スミスはザクロになった。エリザベス・スピンクは必死になって説得したが、彼の怒りは治まらなかった。
夫人は何処だ?」
「お願いです。もうやめてください。もうやめてください」
「2階だな?」
 2階の夫人の部屋では、乳母が扉を内側から押さえつけていた。しかし、男の力にはかなわない。
「大丈夫。あんたと子供は殺さないよ」
 ベッドの上の赤ん坊を揺りかごに寝かすと、夫人の顔の上に枕を乗せて2回引き金を引いた。

 その頃には階下は駆けつけた警官やご近所さんでごった返していた。逃げ場のないウェザリルはその場でお縄になったわけだが、しかし、恋人を殺されたのならばともかく、離ればなれになっただけでこの凶行は解せない。数日後には重傷のプロウ牧師も息を引き取り、計3名を殺したウェザリルは絞首刑に処された。実らない愛の物語であった。


参考文献

『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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