ベビーシッター
The Babysitter
a.k.a. The Oakland County Child Killer (アメリカ)


 1976年から77年にかけて、ミシガン州オークランド郡では児童の誘拐殺人事件が相次いでいた。米国史上最大とも云われる規模の捜査が行われたにも拘らず、事件は未解決のままである。容疑者はいることはいるが、犯人は未だに特定されていない。

 1976年1月15日、デトロイト近郊の町ローズヴィル在住のシンシア・カデュー(16)が行方不明になった。翌朝、彼女の遺体が15kmほど離れたブルームフィールド・タウンシップの雪が積もる路上で発見された。彼女は全裸で、衣服は近くに置かれていた。雪上には遺体を引き摺った跡がある。彼女は強姦された後、鈍器で殴り殺されていた。

 4日後の1月20日、隣町のバーミンガムでシェイラ・シュロック(14)が自宅で強姦された後に射殺される事件が発生した。但し、この事件は態様が異なるため、一連の事件とは無関係と考えられている。

 3週間後の2月15日、そのまた隣町のファーンデイルでマーク・ステビンズ(12)が行方不明になった。彼の遺体は4日後の2月19日に近くの駐車場で発見された。「恰も棺の中にいるかのように」雪の中に埋葬されていたという。衣服は身に着けていたが、奇妙なことに遺体は丁寧に洗われ、おまけにマニキュアが施されていた。手首には縛られていた跡があり、性的に虐待されていた。死因は絞殺である。

 同一犯によるものと思われる犯行はその年の暮れまで起こらなかった。どうやら犯人は雪を好むようなのだ。
 12月22日、ロイヤルオーク在住のジル・ロビンソン(12)が母親との口喧嘩の末に家出したっきり行方不明になった。翌日、彼女の自転車が街のおもちゃ屋の前で発見されたが、肝心の彼女の行方は杳として知れなかった。遺体が発見されたのは12月26日のことである。場所は隣町トロイの警察署のそばだったというから大胆不敵な犯人だ。遺体はやはり丁寧に洗われて、衣服を身に着けた状態で雪の中に埋葬されていたという。但し、このたびは顔面をショットガンで撃たれたのが致命傷だった。

 本件は明らかにマーク・ステビンズの件との類似している。児童を専門に狙う連続殺人鬼が潜んでいる! オークランド郡の住民は震え上がった。直ちに大規模な捜査が行われたことは云うまでもないが、残念ながら手掛かりは一向に掴めなかった。

 年が明けて1977年1月2日、ロイヤルオークの隣町バークレーで、クリスティン・ミケリッチ(10)が午後3時頃、セブン・イレブンで買い物をしたのを最後に行方不明になった。その遺体が発見されたのは19日後の1月21日のことだ。同様に丁寧に洗われて、雪の中に埋葬されていた。このたびの死因は絞殺だった。

 最後の犠牲者、ティモシー・キング(11)が失踪したのは3月16日のことである。バーミンガム在住の彼は午後8時30分頃、スケートボードを抱えて近所のドラッグストアでキャンディを買ったのを最後に行方不明になったのだ。大騒ぎになったことは云うまでもない。両親はテレビに出演し、犯人に向けて息子の解放を訴えかけた。
「あの子はケンタッキー・フライド・チキンが大好きでした。帰って来たら好きなだけ食べさせてあげたいと思います」
 しかし、願いは叶わなかった。6日後の3月22日、2人の少年がリヴォニアの側溝に横たわるティモシーの遺体を発見したのだ。その横には彼のスケートボードが置かれていた。このたびは衣服も洗濯されて、アイロンまで掛けられていた。死因は絞殺である。呆れたことに、最後の食事はフライド・チキンだった。つまり、両親の訴えは犯人の耳に届いていたのだ。その上で性的に虐待し、殺したのである。鬼畜以外の何者でもない。

 犯行の非情さにも拘らず、子供の身体を洗う等の世話をしていることから、マスコミは犯人を「ベビーシッター」と命名し、連日のように報道した。しかし、捜査は芳しくなかった。
 ティモシー・キングが誘拐された直後、警察には「スケートボードを抱えた少年が、ドラッグストアの駐車場で男と話していた」との目撃情報が寄せられていた。男は青に白いストライプの入った
AMCグレムリンに乗っていたという。警察はオークランド郡の全ての登録者を当たったが、結局、容疑者を割り出すには至らなかった。
 ちなみに、男は25歳から35歳ぐらいの色黒の白人で、髪はくしゃくしゃで揉み上げがあったという。また、犯行の時間がまちまちであることから、犯人の職業は自由業と推測された。

 間もなく捜査に協力していたデトロイトの精神学者、ブルース・ダントー博士のもとに「アレン」と名乗る男から手紙が届いた。なんでも彼は犯人のルームメイトで、犯行にも加担していたというのだ。「アレン」によれば、犯人はベトナム戦争の退役軍人で、多大なトラウマを抱えており、裕福な家庭への嫌悪から犯行に及んだという。
 これはおそらくガセだろう。本件は明らかに性犯罪であり、復讐が目的などではない。
 しかし、ダントー博士は念のために「アレン」と連絡を取り、会うことを約束したが、「アレン」は現場には現れなかった。
 また、或る新聞社には犯人を名乗る男から、電話によるこのようなメッセージが寄せられたという。
「もう雪が降らないことをせいぜい祈りたまえ)
(You'd better hope it doesn't snow any more,)
 これも単なるイタズラだろう。


 時は流れて2007年、オハイオ州の警察はセオドア・ランボルギーニなる65歳の男を、1970年代の児童ポルノに関与していた容疑で逮捕した。そして、彼こそが「ベビーシッター」の最有力容疑者だとの声明を発表したのである。事件は一挙に解決かと思われたが、そうは簡単には行かなかった。事件に関するポリグラフ・テストを受ければ児童ポルノについては免罪するとの司法取引をランボルギーニが拒んだのだ。
 これはますます怪しいということで、彼を犯人として名指しする海外のサイトも存在するが、現状ではまだ断定出来る段階には至っていない。本件はなおも進行中である。

(2009年4月4日/岸田裁月) 


参考文献

『SERIAL KILLERS』JOYCE ROBINS & PETER ARNOLD(CHANCELLOR PRESS)


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