1938年生まれのロバート・ディアスは医者になりたかった。初対面の人には「ドクター・ディアス」と名乗っていた。彼の歪んだ頭の中では、己れは立派な「ドクター」だったのだろう。ところが、実際には看護師に過ぎなかった。故に彼は常習的に経歴詐称をしていたことになる。
1981年4月、ロサンゼルスの検視官のもとに匿名の電話があった。ロス郊外ペリスの病院で19名もの患者が謎の死を遂げているというのだ。早速、調査に当たったところ、少なくとも11名の患者が不審な死に方をしており、別の病院でも1名が突然死していた。
計12名の患者は52歳から95歳と決して若くはなかったが、或る日突然にバタバタバタと亡くなるのは如何にも不自然である。遺体を検視解剖に回したところ、抗不整脈剤リドカインが大量に投与されていることが判明した。明らかに殺人事件である。
間もなく容疑者としてロバート・ディアスの名が浮上した。彼はいずれの病院でも死亡の日に勤務していた。また、医者気取りの彼は、同僚たちに患者の死を予告していたという。
「あの患者はもう長くはないね。ここ2、3日が山だろう」
そして、その通りに死亡したのだ。更に、ディアスは医者が処方していない薬を患者に投与していたところを目撃されている。彼の犯行と見て間違いないだろう。家宅捜査に踏み切った警察は、大量のリドカインやモルヒネ、そして注射器を発見した。こんなもの、個人で持つべきものではない。かくして1981年11月、自称「ドクター」は逮捕され、12件の殺人で起訴されたのである。
これに対してディアスは「でっち上げだ」と検察側を糾弾し、名誉毀損を理由に巨額の損害賠償を求める訴訟を起すも敗訴。1984年3月からようやく執り行われた裁判でも12件すべてにつき有罪となり、死刑判決を下された次第。検察側の主張によれば、
「彼は医師を演じながら、ひとえに自らの慰みと楽しみのために一連の殺人を犯したのだ」
おそらくそうだったのだろう。しかし、彼はそのことを決して認めようとはしない。そして、現在もなお死刑囚監房で再審を争っている。
(2009年4月23日/岸田裁月) |