アルバート・グージー
Albert Goozee (イギリス)



事件をモチーフにした映画『Intimate Relations』

 1956年6月17日日曜日、サウサンプトン西部ニューフォレスト国立公園の、カドナムにほど近いビグネルウッドでの出来事である。たまたま通りかかったドライバーが、黒いウーズレーのボンネットの上に倒れ込む1人の男を発見した。
「大丈夫ですか!?」
 ドライバーが駆け寄ると、男は蚊の鳴くような声で答えた。
「森の中で2人の女が死んでいる。俺が殺したんだ」
 男もまた腹から出血していた。この男がアルバート・グージー(33)だった。

 間もなく発見された遺体は、グージーが間借りしていた家のおかみさん、リディア・リーキー(53)とその娘のノーマ(14)であることが家主のトーマス・リーキーにより確認された。グージーはリディアと浮気していたことがトーマスにバレて、リーキー家から追い出されたばかりだった。
 では、どうしてグージーはリディアとその娘を殺さなければならなかったのか? 彼の口から語られたのは、このような奇妙な三角関係の物語だった。


「私がボーンマス近郊のリーキー家に下宿したのは去年の夏のことでした。住み始めてから2週間ほど過ぎた頃でしょうか。何者かが私の寝室に忍んで来ました。リディアでした。そして、さめざめと泣きながらこのように訴えかけたのです。
『アルバート、私がこれまでどんなに惨めな生活を送ってきたか、あなたには想像もつかないでしょう。トーマスに虐げられる毎日だったのよ。私を奴隷のように扱うの。もう何年もベッドを共にしていないわ。だからお願い。今夜だけでも私を抱き締めて!』
 いやいやいや。御主人はすぐそばで寝ているし娘さんもいる。それにリディアと私は親子ほど年が離れている。
『奥さん、それはマズいですよ』
 私は説得しましたが、彼女は諦めませんでした。と、そこになんと娘のノーマが現れたではありませんか。
『ママ、ここにいるの?』
 最悪でした。背筋が凍る思いがしました。リディアは叱りつけました。
『ノーマ! あんたはベッドに戻りなさい!』
 するとノーマは平気の平左で、
『あら、そんなこと云うなら、パパに云いつけてやろうかしら』
『何ですって!?』
『私はもう大人よ。ママが何をしようとしているかぐらいは判ってるわ』
『だったらベットに戻りなさい!』
『いやよ。戻らないわ!』
 こんな押し問答がしばらく続いた後、結局、その晩は3人で寝ることになったのです。ノーマが寝たことを確認すると、リディアは私を求めて来たわけですが、おそらくノーマは寝たフリをしていただけだと思います。なにしろ思春期なので好奇心旺盛ですからね」

 かくして下宿先での奇妙な三角関係が始まったというわけなのだ。

「その晩からは3人で寝ることが日常になりました。リディアは明るくなり、ノーマも口封じとして欲しい物を買ってもらえるので上機嫌です。家庭は円満になりましたが、こんなことを続けていてはいけないことぐらいは私にも判っていました。いつか必ずトーマスにバレる日が来るからです。だけど、不甲斐ない私はダラダラと関係を続けてしまったのです。
 2週間ほど過ぎた頃、ノーマが1人で私の部屋に忍んで来ました。そして、こんなことを云い出すのです。
『ねえ、アルバート。もう我慢できないわ。お願いだから私を女にして!』
『ば、馬鹿なことを云うんじゃない! 君はまだ13歳じゃないか! 君とそういう関係になってしまえば、俺は犯罪者になっちまう!』
『あら。じゃあ、ママと関係するのは構わないの?』
『それとこれとは別だ。浮気は犯罪じゃないけど、君と関係するのは強姦罪になるんだよ』
『そうやって逃げるのね。ならいいわ。今、ここで悲鳴を上げて、襲われたって叫んでやるから』
『お、おい、待てよ! 無茶云うなよ!』
『じゃあ、腕時計買ってくれる?』
 まったくノーマという娘は小悪魔でした。母親のみならず、私までゆすり始めたのです。このままではダメだと思い、私は軍隊に入隊してリーキー家から去る決意をしました」

 翌日にも入隊手続きを済ませたグージーが配属されたのは、イギリスからの独立運動真っ盛りのキプロスだった。イギリス軍人である以上、命の保証のない土地だ。一難去ってまた一難。すっかり辟易していたグージーをやがて救ってくれる者が現れた。リディアだった。彼女は除隊に必要な金を支払って、故郷に呼び戻してくれたのだ。

「リーキー家に戻った私はリディアに云いました。
『もうこれまでのような関係を続けるつもりはないからね』
 ところが、リディアとノーマはニコニコとしているのです。はて、何か思惑があるのかしら? 私が訝しがっていると、リディアが口を開きました。
『外を見てちょうだい』
 云われるままに窓から外を眺めると、そこには黒いウーズレーが停まっていました。
『あなたのためにヘソクリをはたいて買ったのよ。これでトーマスに気兼ねなく、いろんなところに行けるわね』
 私は車など持ったことがありませんでした。そんな私が新車をプレゼントされたのです。誘惑には勝てませんでした。結局、その後もズルズルを関係を続けてしまったのです」

 郊外に出掛けてはカー・セックスを楽しんでいたというわけなのだ。ところが、やがて浮気はトーマスの知るところとなる。
「てめえなんざ出て行け〜!」
 ってなわけで、グージーはすたこらさっさと随徳寺。別の下宿先も見つかったし、車ももらえたし、むしろラッキーかも…などと思っていた矢先にリディアからの手紙が舞い込む。
「最後に一度だけ、あなたとお会いしたいの」
 ああ、一度だけなら結構ですよ。ピクニックに出掛けましょうと返答した。

 1956年6月17日日曜日、リディアとノーマを乗せたグージーは、サウサンプトン西部のニューフォレスト国立公園へと向かった。森を抜けてキャンプ場に入り、斧で焚き木を切って火を起した。パン切りナイフを忘れたので、たまたま持っていた刃渡り20cmほどの両刃ナイフで代用した。

「リディアはノーマに云いました。
『花を採ってきてちょうだい』
 ノーマは云われるままに花を採りに出掛けました。でも、今思えば、出掛けるフリをして我々の様子を窺っていたのでしょう。やがてリディアはこのように切り出しました。
『ねえ、駆落ちしない?』
『な、何を云い出すんだ!? ノーマはどうするんだよ!?』
『あの子も一緒に…』
『そんな駆落ち、聞いたことねえよ! ダメだダメだ! もう終わりだ!』
『イヤよ! そんなのイヤ!』
 リディアは私にむしゃぶりついて来ました。
『離すもんですか! 何処にも行かせないわよ!』
 と、その時、斧を手にしたノーマの姿が眼に入りました。
『アルバートの好きにさせてやりなさいよ!』
 ノーマはそう叫ぶなり、リディアに斧を振り降ろしました。それはリディアの右耳に命中しました。私はノーマの顔面を殴りました。
『母さんに何てことをするんだ!』
 するとリディアは、
『これが一番いい終わらせ方なのかも知れないわね…』
 彼女は両刃ナイフを握りしめていました。自殺しようとしているように思えました。
『ダメだ!』
 私が飛びつくと、そのナイフは私の腹に突き立てられたではありませんか。
 ああ、そういうことなのか、『一番いい終わらせ方』って。
 気がついたら、私はナイフを引き抜いて、リディアの胸に突き立てていました。それを見たノーマが叫びました。
『何てことしてくれたの!? 私にも同じことしたら!?』
 気が動転していた私は、ノーマにも同じことをしていました。
 私が2人を殺したことは間違いありませんが、これだけは判って下さい。已むを得なかったんです」

 しかし、法廷は「已むを得なかった」とは判断しなかったようだ。グージーは2件の殺人で有罪となり、死刑を宣告された。但し、処刑の4日前に内務大臣の計らいで終身刑に減刑されて、妄想型統合失調症と診断されてブロードムア送りとなった。1971年には仮釈放されたが、その後も少女への強制猥褻等の罪で3度も投獄されている。そして、2009年11月に介護施設でひっそりと息を引き取ったようである。

 グージーの奇妙な三角関係の物語は1996年に『Intimate Relations』のタイトルで映画化されているが、彼の供述は何処までが真実なのかは判らない。故に遺族に配慮したのだろう。役名はすべて仮名である。

(2010年2月23日/岸田裁月) 


参考資料

『愛欲と殺人』マイク・ジェームス著(扶桑社)
http://www.dailyecho.co.uk/news/features/crimefiles/truecrime/2080712.The_murders_they_turned_into_a_movie/
http://www.dailyecho.co.uk/news/4740082./


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