グレタ・ペルツ
Greta Peltz (アメリカ)


 

 才色兼備のお嬢さま、グレタ・ペルツ(31)が中年の実業家、フリッツ・ゲブハルトと恋に落ちたのは1934年のクリスマス、カリブ海の洋上においてである。共にドイツ育ちの2人はたちまち意気投合し、ロマンチックなムードに飲まれて、その日のうちに結ばれたのだ。
 ところが、お嬢さまの恋のお相手としてはフリッツは余り相応しくはなかった。熱心なナチスのシンパであっただけでなく、妻帯者だったのだ。妻と2人の子供はドイツにいる。それでも彼はめげなかった。
「妻はユダヤ人なんだ。新法が通れば、たやすく離婚出来るんだよ」
 この言葉を信じたグレタは、ニューヨークの高級マンションでフリッツと共に暮らし始めた。

 1935年11月、フリッツはいつもの商用でドイツに出掛けた。グレタはいい土産話を期待した。離婚が成立した旨のニュースである。ところが、間もなく帰国したフリッツの顔色は浮かない。どうやら彼は、この期に及んでグレタとの結婚を渋り始めたようなのだ。それともハナから結婚する気などなかったのか。とにかく、こんなことを云い出した。
「君との結婚はもう少し考えさせてくれ」
 その一方で、
「今の関係をこれからも続けさせてくれ」
 などと虫のいいことを宣う。お嬢さまのプライドは傷つけられた。もうプンプンである。
「馬鹿云ってんじゃないわよ! 結婚するっていうから一緒になったんじゃないのよ! 私は家庭を持ちたいのよ! 愛人になりたいんじゃないわ!」
 その日のうちに彼女は荷物をまとめてマンションから出て行ったのだった。当然である。

 それでもフリッツは諦めなかった。翌日から3日続けて、グレタをディナーに誘い出した。
「どうしてそんなに形式にこだわるんだい? 愛し合っている以上、結婚なんて関係ないじゃないか」
 彼はこうも云ったという。
「俺はこれまで誰からも拒絶されたことがない。君が初めてだ」
 やれやれ。これが本当なら、ほとほと呆れた男である。

 事態が急展開を迎えたのは11月12日未明のことである。フリッツのマンションの管理人がグレタからの電話で起されたのだが、その内容が余りにも衝撃的なのだ。
「ゲブハルトさんを銃で撃ちました。警察を呼んで下さい」
 警察が駆けつけた時、グレタは階段に座っていた。ハンドバッグの中の32口径のリボルバーはまだ温かかった。
 フリッツの遺体は寝室で倒れてた。寝巻姿の彼は胸に4発の銃弾を喰らっていた。
 グレタは弁護士を呼ぶことを要請し、取り調べにおいては黙秘を貫いた。
「全ては裁判でお話します」

 法廷で語られた「真相」は以下の如し。
 前日の晩、フリッツとディナーを共にした後、グレタは自分のマンションに帰宅した。寝支度をしていたところ、フリッツからの電話があった。
「急な癪に襲われた。助けてくれ」
 フリッツには持病の癪があり、発作が起きた時には彼女が腹をヒーティングパッドで暖めていたという。それぐらい自分でやれよとも思ったが、いたたたたたと電話口でやられては放っておけない。寝巻のままで駆けつけて、戸棚を開けてヒーティングパッドを取り出した。
 その戸棚には凶器の32口径も収容されていた。それは6年ほど前に彼女の兄が護身用にと彼女に買い与えたもので、フリッツと暮らすようになってからは「危ないから」と彼が預かっていたものだった。
 と、その時、グレタはフリッツに羽交い締めにされた。そうなのだ。癪に襲われたというのはグレタを呼び出すための嘘だったのだ。
「お前をもう何処にも行かせないぞ! お前はここに留まるんだ!」
 彼はそう叫んで、彼女をベッドに押し倒した。そして、そのまま強姦した。事が終わると、フリッツはなおも彼女の髪を掴み、オーラル・セックスを強要した。
「俺の云う通りにするんだ!」
 グレタはその手を振り払い、先ほどの戸棚に向かった。そして、リボルバーを手にすると、フリッツに目掛けて引き金を引いた。
「あんな辱めは初めてでした。咄嗟に窓から飛び降りようとさえ思いました。死んでしまいたかったんです」
 しかし、彼女は考え直し、一旦は帰宅して着替えた後、再びフリッツのマンションに訪れて電話をかけたというわけだ。

 この供述には一つだけ矛盾がある。リボルバーは6年ほど前に購入したものとのことだが、使用された銃弾は近年製造されたものだったのだ。だが、涙ながらに辱めを語るグレタの前では、そんな矛盾点など霞んでしまう。かくして陪審員は無罪を評決し、才色兼備のお嬢さまは晴れて自由の身となった。ナチスのシンパも一人減り、まことにおめでたきことである。

(2009年6月29日/岸田裁月) 


参考資料

『LADY KILLERS』JOYCE ROBINS(CHANCELLOR PRESS)


BACK