デイル・ピエール
ウィリアム・アンドリュース

Dale Selby Pierre & William Andrews 
a.k.a. The Hi-Fi Murders (アメリカ)



デイル・ピエールとウィリアム・アンドリュース


ドレイノ

 他に類を見ない極悪非道な犯行である。彼らには人間性のかけらもない。全米黒人地位向上協会には申し訳ないが、死刑判決は当然と云わざるを得ない。

 1974年4月22日、ユタ州オグデン。当時流行の「ハイファイ」を売り物にするオーディオ店に2人の盗賊が闖入した。デイル・ピエールウィリアム・アンドリュース。共に近くのヒル空軍基地に赴任する19歳の黒人兵である。彼らは店じまいをしていた店員スタン・ウォーカー(20)とミシェル・アンスレー(19)を銃で脅して地下室に連行、縛り上げるとハイファイ機器の奪取に取りかかった。その過程で以下の3人が相次いで入店。
 コートニー・ネスビット(16)
 オーレン・ウォーカー(43・スタンの父親)
 キャロル・ネスビット(52・コートニーの母親)
 いずれも縛られて、地下室に放り込まれた。

 奪った品々をバンに積み終えた2人組は、地下室に戻ると、手にしていたボトルの中身をカップに注いだ。
「これは睡眠薬入りのウォッカだ。お前ら全員に飲んでもらう」
 その青い液体はどう見てもウォッカではなかった。実は「ドレイノ」という排水管洗浄剤だったのだ。云うまでもないが苛性の劇薬である。それを飲めというのだから無茶苦茶な要求だ。
 なお、これは後の裁判で明らかになったことだが、ピエールは犯行の直前に『ダーティハリー2』を観ていた。この映画には売春婦が「ドレイノ」を飲まされて即死する場面があるという(私もこの映画を観ているが、20年以上も前のことなので忘却の彼方)。おそらく彼はその手口をパクったのだ。騒ぎを起こしたくなかった彼は、これで静かに殺そうと思ったのである。
 ところが、現実は映画のようには行かなかった。考えれば判りそうなものだが、「ドレイノ」には即効性はなかったのだ。飲み下した者の唇を、舌を、喉を、食道を、胃を徐々に浸食していったのである。人質たちはのたうち回り、地下室は断末魔の叫びで溢れた。つまり、余計に騒々しい結果となってしまったわけだ。
 ああ、うるせえ!
 思うように行かなかったことに腹立てたピエールは、人質たちをキャロル、コートニー、スタン、オーレンの順で銃撃した。そして、ミシェルを奥の部屋に連れ込むと、衣服を剥ぎ取って陵辱し、射精するや否や、床に叩きつけて後頭部を撃ち抜いた。
 その直後、ピエールはオーレン・ウォーカーがまだ息をしていることに気づいた。
「しぶとい奴め!」
 彼はボールペンの先をオーレンの耳に突っ込むと、足で蹴飛ばして中に突き刺した…。
 私が冒頭で「人間性のかけらもない」と云った意味がお判りだろう。この男は人を人と思っていない。だからこそこんな惨いことが出来るのだ。

 犠牲者たちは1時間後にオーレンの妻により発見された。スタンとミシェルは既に死亡。キャロルはまだ息をしていたが、救急車の中で死亡した。コートニーとオーレンは一命だけは取り留めた。

 この極悪非道な事件が報道されると、すぐに空軍基地勤務の男からタレ込みがあった。
「犯人はデイル・ピエールとウィリアム・アンドリュースに間違いない」
 おつむが弱いアンドリュースは近々ハイファイ・ショップを叩くことを云い触らしていたのだそうだ。その彼が兄貴分として慕っていたのがピエールだった。自動車泥棒の容疑で保釈中の不良軍人である。彼が借りていた倉庫から盗品の山が発見されて、事件はスピード解決したのである。

 彼らに死刑判決が下されると、全米黒人地位向上協会が異議を申し立てた。曰く、
「陪審員に黒人が1人もいない。故に公正な裁判とは云えない」
 しかし、本件に人種問題を持ち込むのはお門違いである。例え陪審員に黒人がいたとしても、また、白人が犯人だったとしても、陪審員は死刑判決を下したことだろう。それほどに残虐だったのだ。
 但し、殺人には直接手を下していないアンドリュースに関しては、死刑は些か重過ぎるのかも知れない。しかし、共同正犯である以上、已むを得まい。
 結局、長い法廷闘争の末に全米黒人地位向上協会の異議ははね除けられて、デイル・ピエールは1987年8月28日に、ウィリアム・アンドリュースは1992年7月30日にそれぞれ処刑された。

 なお、同じ死刑囚監房に収容されていたゲイリー・ギルモアは、自らが処刑される際に彼らに向かってこう挨拶したと伝えられている。
「地獄で会おうぜ、おふたりさん」
 おそらく「潔く罪を償えよ」というメッセージだったのだろう。

(2009年2月17日/岸田裁月) 


参考文献

『現代殺人百科』コリン・ウィルソン著(青土社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
『THE ENCYCLOPEDIA OF MASS MURDER』BRIAN LANE & WILFRED GREGG(HEADLINE)


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