クレオファス・プリンス
Cleophus Prince Jr.
a.k.a. The Clairemont Killer　（アメリカ）

　１９９０年１月から９月にかけて、カリフォルニア州サンディエゴ近郊のクレアモントで、６人の白人女性が連続して殺害される事件が発生した。

　最初に犠牲になったのは、キャニオン・リッジ・アパートコンプレックスに住むティファニー・シュルツ（２１）だった。
「3187 Cowley Way, San Diego, CA」
　１９９０年１月１２日午前１０時頃、彼女は友人に電話を掛けて３０分ほど世間話をした。その際に彼女は「今、ビキニに着替えてベランダで日光浴をしているところ」だと語った。ちなみに、このアパートメントは２階建てで、彼女の部屋は２階だった。ベランダからは隣にあるブエナ・ヴィスタ・ガーデンズ・アパートコンプレックスの娯楽施設（フィットネス・クラブやプール、テニスコート等）を眺めることが出来る。まさにリゾート感覚の理想的なアパートメントである。
　階下の住人によれば、２階の部屋がドタバタとうるさかったのは午前１１時頃のことである。犯行はその時と見て間違いないだろう。午後１２時３０分には別の友人がティファニーに電話を掛けたが出なかった。彼女は既に死亡していたのだ。
　数時間後、帰宅したルームメイトが寝室で仰向けに横たわるティファニーの無残な遺体を発見した。心臓を中心にナイフで滅多刺しだ。ビキニは上だけが剥ぎ取られ、両脚は６０度の角度で広げられていた。但し、強姦はされていなかった。

　犯人が強引に押し入った形跡は見当たらなかった。ルームメイトによれば玄関の鍵は掛かっていたという。故に犯人はベランダから飛び降りて逃走したものと思われる。
　まず疑われたのはティファニーのボーイフレンドだった。しかし、彼を犯行に結びつける証拠は遂に発見されなかった。ティファニーはアルバイトでストリッパー（exotic dancer）をしていたという。ひょっとしたら客の１人が彼女を尾行して、その居所を突き止めたのかも知れない。


　次に犠牲になったのは、隣のブエナ・ヴィスタ・ガーデンズ・アパートコンプレックスに住むジャニーン・ウェインホールド（２１）だった。そう、ティファニーの部屋のベランダから眺めることの出来る、あのアパートコンプレックスである。カリフォルニア大学サンディエゴ校の学生だったジャニーンは、親友の同級生と共に２階の部屋に暮らしていた。このアパートメントもお隣と同様に２階建てである。
「3309 Cowley Way, San Diego, California」
　ちなみに、このアパートコンプレックスは現在は「コーラル・ベイ・パーク＆キャニオン」と名前を変えている。事件が影響したのだろうか？

　１９９０年２月１６日午前９時頃、ジャニーンはルームメイトを車でバイト先まで運び、仕事が終わる頃に迎えに来ることを約束して別れた。しかし、彼女は迎えに来なかった。ルームメイトは自宅に電話を掛けたが、返事はなかった。
　ルームメイトが帰宅したのは午後８時頃のことだった。そして、寝室の前で仰向けに横たわるジャニーンの遺体を発見した。心臓を中心にナイフで滅多刺しにされている。身につけていたのはブラジャーだけで、両脚は６０度の角度で広げられていた。ティファニー・シュルツの件とそっくりである。同一人の犯行と見て間違いないだろう。但し、このたびは膣内に精液が残されていた。つまり、大胆になった犯人は遂に姦淫に及んだのである。
　凶器のナイフはキッチンシンクに放置されていた。それはジャニーンとルームメイトが使っていたものだった。
　このたびもまた強引に押し入った形跡はなかった。但し、ドアノブには奇妙な血痕が残されていた。それは蜂の巣のような模様で、どうしてそのような痕がついたのかは鑑識の専門家にも判らなかった。

　その日の午前１１時３０分頃、階下に住む女性が不審な黒人男性を目撃していた。男はアパート内の階段に座り、顔を手で覆っていたという。何やら落胆しているかのように見えたとのことだが、彼が犯人だとするならば、おそらく顔を見られたくないから覆っていたのだろう。その後、間もなくジャニーンの部屋から大きな音がした。だが、それっきり静かになったので、特に気にもとめなかったという。


　１ケ月後の３月２５日、同じアパートコンプレックスに住む女性が、このような出来事を警察に報告した。
　彼女はその日の正午頃、近所の店に徒歩で買い物に出掛けた。その途中で１人の黒人男性がバス停で佇んでいるのを見かけた。その脇を通り過ぎ、しばらくしてから振り返ると、男の姿は何処にもなかった。はて、バスに乗ったのだろうか？　でも、バスはまだ来てないし…。不審に思いながらも買い物を済ませ、帰り道でギョッとした。先ほどの男が目の前にいたのだ。しかも、こっちに向かって歩いて来るではないか。近所で殺人事件があったばかりである。その上、犯人は黒人と噂されている。彼女が如何に脅えたかは想像に難くない。急ぎ足でアパートに戻り、２階に上がって部屋の鍵を開けようとしていると、階下から足音が聞こえた。彼女は階段から見下ろした。そこにいたのは先ほどの男だった。尾行していたのだ。彼女が思わず声を上げた。男は気づいて彼女を見上げ、そして、屈んで靴紐を直すフリをした。彼女は慌てて部屋に逃げ込み、鍵を閉めてチェーンを掛けた。その後は小１時間ほどドアの前で聞き耳を立てながらガクガクブルブルと震えていたという。まるで都市伝説のようなエピソードだ。彼女は幸いにも襲われることはなかった。

　しかし、ホリー・ター（１８）の場合はそうではなかった。ミシガン大学への進学が決まっていた彼女は、春休みを西海岸で過ごすために、友人のタミーと共に兄が暮らすブエナ・ヴィスタ・ガーデンズ・アパートコンプレックスに滞在していた。またしても同じアパートコンプレックスである。

　１９９０年４月３日、朝から施設内のコートでテニスを満喫したホリーとタミーは、水着に着替えてプールサイドで日光浴をしていた。隣接するフィットネス・クラブではガラス越しに黒人男性がウエイト・リフティングをしているのが見えた。
　正午を過ぎた頃、ホリーはシャワーを浴びに自室へと戻った。タミーが戻ったのはその１０分後のことだった。部屋の前まで来ると、中から叫び声が聞こえた。タミーはドアを開けようとしたがロックされていた。
「何があったの、ホリー！　ドアを開けて！」
　幾度もドアを叩いたが反応はなかった。電話を掛けても返事はなかった。タミーは隣人に助けを求め、やがて管理人が呼ばれた。マスターキーで鍵を開けたが、チェーンも掛けられていた。ドアに体当たりして中に無理矢理押し入ると、寝室から１人の男が飛び出した。白いＴシャツを被って顔を隠している。そして、管理人を押しのけて脱兎の如く逃げ出した。
　寝室ではホリーが仰向けで倒れていた。まだ息があった。しかし、心臓をひと突きされており、病院に運ばれる前に死亡した。

　犯行現場にはいくつかの証拠が残されていた。
　まず、血染めの足跡だ。それはナイキの「エア・ジョーダン」だった。
　また、駐車場ではＴシャツと凶器のナイフが遺棄されていた。共にホリーの部屋のあったものだ。ナイフには犯人の指紋が残されていた。
　犯人はＴシャツで顔を隠していたが、その肌の色から黒人であることは一目瞭然だ。やがてタミーはフィットネス・クラブでウエイト・リフティングをしていた黒人男性のことを思い出した。
「背格好は同じでした。私たちのことをチラチラと見ていたのも今となっては気になります」
　男はフィットネス・クラブの受付で「Ｃ・プリンス」と署名していた。同じアパートコンプレックスに住むクレオファス・プリンスである。その日のうちに尋問された彼は犯行への関与を否定した。
「確かに昼頃にウエイト・リフティングしてましたけど、それの何が悪いんですか？　昼休みのことだし、その後は職場に戻りましたよ」
　たしかに、その通りだった。確たる証拠がない以上、捜査官はそれ以上突っ込めなかった。指紋を採取することも出来なかった。 この時に強制的に採取していれば、残りの３人は死ぬことはなかった。


　１ケ月半後の１９９０年５月２１日、少し離れたトップ・オブ・ザ・ヒル・アパートコンプレックスの一室でエリッサ・ケラー（３８）の遺体が発見された。顔を酷く殴られ、胸を９回刺されていた。強姦はされていなかった。犯人の主な目的は物盗りと思われる。指輪等、貴金属が失われていたからだ。しかし、現場には連続殺人事件と類似する痕跡が残されていた。ドアノブの血痕である。ジャニーン・ウェインホールドの件と同様に蜂の巣模様だったのだ。同一人の犯行だろうか？　どうしてそのような模様がついたのか？　謎は深まるばかりだ。


　最後の犠牲者は親子だった。
　１９９０年９月１３日、ユニヴァーシティー・シティーの一軒家に暮らすパメラ・クラークソン（４２）は、午前８時頃にいつものように「ファミリー・フィットネス・センター」へと向かった。娘のアンバー（１８）はまだ眠っていた。
　午前１０時頃、隣人はアンバーの叫び声を耳にした。はて、何があったのだろう？　だが、間もなく静かになったので、それ以上は気にしなかった。母親のパメラが帰宅したのは１時間後、午前１１時頃のことである。
　その日の午後、パメラは職場に顔を出さなかった。電話を掛けても返事がない。
「無断欠勤するような人じゃないのに…」
　心配した同僚は彼女の自宅を訪ねた。そして、廊下に仰向けで横たわる彼女の遺体を発見した。全裸で、心臓を中心に滅多刺しにされていた。
　寝室にはアンバーの遺体があった。状況は母親とほぼ同じだ。凶器のナイフは共に遺体の脇に放置されていた。
　犯行の主な目的は強姦と思われるが、このたびもまたエリッサ・ケラーの件と同様に指輪等の貴金属や現金が奪われていた。

　当時のユニヴァーシティー・シティー界隈では空き巣事件が多発していた。被害者がいずれも「ファミリー・フィットネス・センター」の会員というのも偶然とは思えない。おそらく親子殺しの犯人と窃盗犯は同一人物で、顧客名簿を手に入れたか、それとも同センターから被害者を尾行していたのではないだろうか。従業員に訊ねると、彼は不審な車を何度も目撃していたことを供述した。それは８２年型の青いシボレー・キャバリエで、運転手は誰かを待っているかの如く駐車場でじっと待機していたという。

　１９９１年２月４日、警察は同センターの駐車場に同じ車が停まっているとの報告を受けた。早速、現地に急行し、運転手の身柄を取り押さえた。名前はクレオファス・プリンス。１０ケ月前にホリー・ターが殺害された際に尋問された男だった。
「ここで何をしているんだ？」
「いえ、別に何も…。僕はここの会員なんですよ」
　たしかに、彼はこのフォットネス・クラブの会員だった。だが、それは何ケ月も前のことだ。現在は会員ではなかったのである。
　車内を捜索した捜査官は、２組の手袋と様々なサイズのナイフ４本を押収した。日常において、手袋はともかく、４本ものナイフを所持しているというのは堅気ではあり得ない。
　間もなくプリンスの侵入窃盗の相棒たる１６歳の少年が逮捕された。彼はこのように供述した。
「彼はドアノブを開ける際に、指紋を残さないようにウールの靴下を手にはめていました」
　ウールの靴下！　それがドアノブに残されていた奇妙な「蜂の巣模様」の正体だったのだ。

　 クレオファス・プリンスは１９６７年７月２４日、アラバマ州で生まれた。８人兄弟の長男だった。模範的な少年だったという。そんな彼の人生が狂い始めたのはハイスクールを卒業後、海軍に入隊してからのことだった。公金を着服したのが発覚し、１ケ月の禁固刑と罰金刑を科されて解雇されてしまったのである。１９８９年１０月のことである。その後はサンディエゴを拠点にあちこちで侵入窃盗を繰り返し、遂には長年の憧れだった白人女性を手に掛けたというわけだ。

　プリンスの指紋は一連の殺人事件のそれと一致した。またそのＤＮＡはジャニーン・ウェインホールドの膣内に残されていた精液と一致した。かくしてプリンスは６件の殺人で有罪となり、死刑を宣告された。現在は執行の順番待ちをしているところである。

（２０１１年６月１０日／岸田裁月）　

http://en.wikipedia.org/wiki/Cleophus_Prince_Jr.
http://www.trutv.com/library/crime/serial_killers/predators/cleophus_prince_jr/1_index.html
http://www.oocities.org/verbal_plainfield/i-p/prince.html

BACK