ジェラルド・シェイファー
Gerald Schaefer (アメリカ)



ジェラルド・シェイファー

 1972年7月22日土曜日、フロリダ州ジェンセン・ビーチ・パーク付近のA1A号線で、後ろ手に手錠を掛けられた2人の少女が保護された。ミシガン州ファーミントン出身のナンシー・トロッター(18)とテキサス州ガーランド出身のポーラ・スー・ウェルズ(17)。共に家出少女だ。2人はイリノイ州で出会って以来、気ままなヒッチハイクの旅を楽しんでいた。
 彼女たちが語った事のあらましは以下の通り。

 その男に出会ったのは前日の晩のことだった。ジェンセン・ビーチ・パークからスチュアートの宿に戻るためにヒッチハイクをしていると、保安官代理と称する制服姿の男に呼び止められた。
「君たち、マーティン郡のヒッチハイク規制を知ってるかね?」
 いいえ、知りませんでしたと答えると、厳しく注意された。
「この辺りは物騒だから、君たちみたいな若い娘がヒッチハイクなんかしちゃ駄目だ」
 それでも男は警察に連行することなく、宿まで送り届けてくれた。あら、案外やさしい人じゃない。それになかなかの二枚目だわ。彼女たちが心を許していると、男はこんな話を持ちかけた。
「明日はオフだから、僕が君たちをビーチまで送ってあげるよ」
 断る理由が見当たらなかった。親切で、ハンサムで、おまけにバッジまでつけている。男の名はジェラルド・シェイファー(26)。保安官代理であることには偽りはない。但し、彼にはもう一つの顔があった。以下は彼が殺人容疑で逮捕された時に押収された『殺人計画』と題された手記である。


「俺が計画したような処刑スタイルの殺人を行う者は、足がつかないように、念には念を入れなければならない。この種の犯罪を成功させるためには、周到に考え抜いておくことだ。
 警察のパトロールや、人目を忍ぶ車に乗ったカップルが来る怖れがなく、少し歩かなければ辿り着けない孤立した場所が必要になる。獲物が到着した後、スムーズに処刑が行えるように、処刑現場は十分に準備しておかなければならない。木材を張り渡した木挽き台を2つ。その上に木の枝が来るようにして、そこからロープを下げておく。もう1本、木材を引き抜くためのロープ。このロープは、出来れば車で引くのが望ましい。死体を埋める穴も処刑現場から離れた場所に事前に用意する。
 獲物はマイアミやフォート・ローダーデールに大挙して避寒に押し寄せる女たちなら誰でもいい。2人一緒に殺るのもわけない。女というのは2人で旅行している時はガードが緩くなるものだからだ。いずれにせよ、処刑現場に運ぶ前に獲物は縛り、猿轡を噛ませておくに越したことない。また、どんな拷問や辱めを計画しているかによって、他の道具も役立ってくる。
《石鹸と水》。処刑の前に女の身体を洗いたい時に役立つ。排尿させた上で洗う。《石鹸》はアナルを犯す際に潤滑剤として使うとよい。《ビール》は排尿を促し、獲物を酔い潰して云いなりにさせるのに便利だ。《石鹸》は、獲物が便意を催してない場合に直腸に突っ込んで排便を促すのにも使える。尤も、便意は自然に催すかも知れない。概して人間は恐怖を感じると便意を催すものだからだ。更に、辱めを与えるために《浣腸器》が役立つだろう。あるいは、石鹸を使った浣腸でもよい。特に獲物が2人の場合は、片方の身体に排尿や排便を浴びせるように強制するのもよい。この上ない辱めとなるだろう。
《ナイロンのストッキング》は獲物の手足を縛るのに使う。獲物は少なくとも下着姿になるまで脱がす。全裸にするのもよい。両手を後ろで縛り、首にロープの輪を掛けておけば、更に面白い効果が得られそうだ。
 白い《枕カバー》を頭に被せ、口には《猿轡》を噛ませる。パンティは下ろして性器を露出させ、クリトリスを刺激する。獲物の性的興奮が頂点に達したところで支えを引き抜き、首を吊るようにする。
 気が向けば、死ぬ前に蘇生させて、更に辱めを与えてやってもよい。いよいよ死んだら、死体を最後の駄目押しとばかりに陵辱する。その後、出来れば死体は切断して、穴まで運んで埋める。身分証の類いは全て破棄し、処刑現場も跡形もなく始末する」


 翌日、3人は約束通りにジェンセン・ビーチ・パークへと向かった。途中でシェイファーが云った
「君たち、スペインの古い砦を見たくないかい?」
 見たい見たいと少女たちははしゃいだ。ところが、車が辿り着いたのは辺鄙な雑木林だった。砦の遺跡など何処にもない。
「なによ、ここ。 チンケな小屋があるだけじゃない」
 少女たちが咎めると、シェイファーはいよいよ本性を見せ始めた。
「お前たちが家出人だってえことは判ってるんだ。云うことを聞かないと親元に送り返すぞ」
 シェイファーは少女たちに車から出るように命じ、後ろ手にして手錠を掛けると、車の中に押し戻した。さあ、ここからは言葉責めだ。
「ヒッチハイクってのはな、こういう危険が付きものなんだよ。よく憶えておけ」云々。
「お前たちを奴隷として売り捌いてやろうか? ただの奴隷じゃないぞ。性の奴隷だ」云々。
「いっそのこと、親から身代金をふんだくってやろうか? 尤も、こんな不良娘に金を出す親なんていないだろうがな」云々。
「こんなところに埋められたらどうなると思う? おそらく誰も見つけることは出来ないだろうなあ」云々。
 実に45分にも渡ってネチネチネチネチといびり倒した後、再び車外に出るように命じ、縛り上げて猿轡を噛ませ、近くの巨大な木の下まで歩かせた。首にロープの輪を掛けられたところで、これから何が行われようとしているのかを少女たちは悟った。
 と、ここでシェイファーは腕時計を見て、
「あっ、時間だ」
 なにやら慌てているようだった。そして、少女たちに向かって云った。
「いいか。これからお前たちを買いたいっていう男と会って来る。すぐ戻って来るからじっとしてろよ」
 じっとしているわけないって。生きるか死ぬかなんだから。シェイファーの車が十分に離れたことを確認すると、少女たちは死にもの狂いでロープをほどき、手錠のまま雑木林を走り抜けた。そして、無事にA1A号線に出たところで助けを求めたというわけなのだ。
 ところで、シェイファーはどうしてこんなミスを犯したかというと、うっかりして点呼の時間を忘れていたのだ。それで慌てて点呼に向かって、小1時間ほどして戻って来たらば2人はいない。
 あちゃ〜。ヘタこいた〜。
 あれほど綿密な『殺人計画』を書いた男とは思えない大失態である。2人はもう保護されていることだろう。シェイファーは上司に電話した。
「馬鹿なことをしてしまいました。彼女たちにヒッチハイクの危険性を判らせようとしただけなんです。本当なんです。信じて下さい」
 保安官は信じなかった。かくしてシェイファーは懲戒免職となり、監禁と加重暴行の罪で起訴されるに至った。




シェイファーの落書き

 さて、話はこれで終わらない。むしろ、ここからが本番である。
 裁判は4ケ月後に執り行われることが決定し、それまでの間、シェイファーには保釈が認められた。
 どうして認めてしまったのか? 再犯の可能性は考えなかったのか?
 考えなかったのだろうなあ。仮にも保安官代理を務めていた男が、まさか保釈中に犯行を重ねるとは思ってもみなかったのだろう。しかし、彼は保釈中に2人以上は確実に殺しているのだ。しかも、同じ手口で。


 2ケ月後の9月27日、フロリダ州フォート・ローダーデール郊外のオークランド・パークにおいて、スーザン・プレイス(17)が友人のジョージア・ジェサップ(16)と「ジェリー」と名乗る20代半ばの男と共に「浜辺にギターを弾きに行く」と告げて出掛けたっきり行方不明になった。母親のルシールは娘の失踪を届け出たが、警察は真剣に取り合ってくれなかった。というのも、スーザンには家出の前科があり、また、ジョージアの家からは書き置きが見つかっていたのだ。
「ママ、パパ、ごめんなさい。愛してます。でも、私は自分の生き方を探したいんです」
 担当刑事は母親を諭した。
「お母さん、今度も家出ですよ。しばらくしたら、きっと戻って来ますよ」
 ところが、母親のルシールは頑なに否定した。
「いえ、このたびは違います。母親としての勘です。私はジェリーという男に不審感を抱いていました。だからこうして車のナンバーを控えていたのです」
 ナンバーは「フロリダ42Dー1728」。ところが、警察は車の持ち主を調べてもくれなかった。怠慢というより他にない。

 翌1973年3月、ルシール・プレイスはフロリダ州スチュアートに出掛けた折りに、車のナンバーがみな「フロリダ42」で始まっていることに気づいた。この頃には彼女はジョージア・ジェサップの母親から「ジェリー」の姓が「シェイファー」であることを聞き出していた。かくして「ジェリー・シェイファー」のかつての住所が割れた。今は何処にいるのかとアパートの管理人に訊ねると、
「少女に乱暴したかどで刑務所にいるよ」
 前述の件で有罪になったシェイファーは、1月15日から1年の刑に服していたのだ。早速、ルシールは刑務所に出向いて面会し、彼こそが「ジェリー」であることを確認した。ところが、シェイファーは「そんな娘は知らない」の一点張りだ。
「だいたい僕はその時、保釈中だったんですよ。そんな危ない橋を渡る筈がないじゃないですか」
 たしかに、その通りなのだ。確たる証拠がない以上、警察は捜査に踏み込めないでいた。

 事態が進展したのは4月になってからだ。ジェンセン・ビーチ・パーク付近で2人の遺体が発見されたのだ。埋葬された穴が浅かったため、野獣に掘り起こされたのである。殆ど喰い尽くされていたが、その歯形からスーザン・プレイスとジョージア・ジェサップであることが確認された。
 数日後、警察はシェイファーの荷物を預かっている母親の家を捜索した。すると、出て来るわ出て来るわ、狩人の戦利品の数々。
 1969年12月から行方不明になっていたカーメン・ハロック(22)の金歯2本。
 1969年9月から行方不明になっていたリー・ボナディーズ(25)の名前が入ったペンダント。
 1973年初頭にフロリダ州プランテーションの建設現場で遺体となって発見されたエルシー・ファーマー(14)とメアリー・ブリスコリーナ(14)が身につけていたアクセサリー。
 1973年1月7日にミシシッピ州ビロクシーで目撃されたのを最後に行方不明になっていたヒッチハイカー、コレット・グディナフ(18)のパスポートとバーバラ・アン・ウィルコックス(19)の出生証明署。
 以上の他にも様々な衣類や、バラバラ死体のポラロイド写真、そして、先ほど紹介した『殺人計画』を含む300ページにも及ぶ手記と落書きが押収された。いずれも女性を拷問の末に絞首刑にするものばかりで胸糞が悪くなる。
 証拠を突きつけられたシェイファーはかように弁明した。
「いずれもパトロール中に道路沿いで拾ったものばかりです。いずれ慈善団体に寄付するつもりでした」
 金歯はあまり落ちてないと思うぞ。
「手記はすべてフィクションです。事実に基づいたものではありません」
 いやいや、お前さんが少女の首を吊ろうとしていたのは紛れもない事実なのだ。この期に及んで、そんな云い逃れは通らないぞ。


 ジェラルド・シェイファーは1946年3月25日、ウィスコンシン州に生まれた。その後、一家はアトランタ州ジョージアに移り住み、1960年にはフロリダ州フォート・ローダーデールに落ち着いた。
 少年期のシェイファーは優秀な生徒で、知能指数も130と高水準だが、その反面で、早い時期から女性の下着に興味を持ち、やがて覗きに夢中になり、女装やストーキングにも精を出した。早い話が変態ですな。動物を殺すことにも熱心だったというから、少年期から連続殺人犯になる資質は揃っていたと云えるだろう。
 大学を卒業後、一旦は教師になるが、間もなく解雇される。校長曰く「教師として著しく不適切な振る舞いゆえ」とのことだが、おおかた生徒にイタズラしたのだろう。
 その後、ブロワード郡警察学校を卒業したシェイファーは、1971年12月からウィルトン・マナーズ警察署に巡査として勤務するも、これまた7ケ月で解雇される。どうやら交通違反で取り締まった女性の車のナンバーを控え、電話番号を調べるためにコンピューターを悪用したのがバレたらしい。
 このことが切っ掛けで最初の妻とは離婚し、間もなく再婚してマーティン郡の保安官代理の職を得る。その10ケ月後に少女たちを監禁、暴行したかどで逮捕されたわけだから、なんとチャランポランな人生であろうか。


 結局、シェイファーはスーザン・プレイスとジョージア・ジェサップの殺害容疑で訴追されるに留まり、1973年9月27日に終身刑を云い渡された。シェイファーがダンマリを決め込んでいるために、余罪で訴追するだけの証拠が固まらなかったのである。
 しかし、その一方でマスコミに対しては「殺した女は〆て34人」などとコメントし、己れが大物であることをアピールした。目立ちたがり屋さんだったのだろう。1990年にはハイスクール時代のガールフレンド、ソンドラ・ロンドンと共に『キラー・フィクション』なる虚実不明の手記を出版し、世間の顰蹙を買っている。
 その後も己れを連続殺人犯呼ばわりしたコリン・ウィルソンやロバート・レスラーを名誉毀損で訴えたりして何かと話題になったシェイファーだが(いずれも敗訴)、1995年12月3日に囚人仲間のヴィンセント・リヴェラに監房内で刺し殺された。故にその犯行の全貌は永遠に闇の中である。

 なお、最後におまけを一つ。シェイファーと共に『キラー・フィクション』を出版したソンドラ・ロンドンは、翌1991年に彼と婚約するも、一方的に破棄して別の連続殺人犯、ダニー・ローリングと婚約した。シェイファーは烈火の如く怒り狂い、彼女に殺人予告を送りつけ、3度も告訴したという(いずれも敗訴)。
 ちなみに、ソンドラ・ロンドンは2人の他にも様々な連続殺人犯と接触しており、あちらでは「シリアル・キラー・グルーピーの女王(the Queen of Serial Killer Groupies)」の異名で知られている。ま、ロクな女ではない。

(2009年12月14日/岸田裁月) 


参考資料

『世界殺人者名鑑』タイムライフ編(同朋舎出版)
『平気で人を殺す人たち』ブライアン・キング著(イースト・プレス)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『FBI心理分析官』ロバート・レスラー&トムシャットマン著(早川書房)
週刊マーダー・ケースブック89(ディアゴスティーニ)
別冊宝島368『身の毛もよだつ殺人読本』
http://en.wikipedia.org/wiki/Gerard_John_Schaefer


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