レナ・ベイカー
レナ・ベイカーは１９０１年６月８日、ジョージア州カスバートの貧しい黒人家庭に生まれた。両親は綿花農場で働いていたという。南部の典型的な黒人家庭である。
その生い立ちは詳らかではないが、素行はあまり良ろしくなかったようだ。２０歳の時に売春容疑で逮捕され、教護院送りになっている。売春相手は専ら白人だったようだ。そりゃそうなのだろうなあ。金を持っているのは白人だもの。
その後、３児の母親になったわけだが、１９４４年５月１日、４２歳の時にアーネスト・ナイトという６７歳の白人男性を殺害した容疑で逮捕された。
彼女は殺害自体は認めていた。なにしろ自ら出頭したのだから。しかし、彼女には云い分があった。それはあくまで事故、若しくは正当防衛だったと。
「私はナイトさんに雇われていました。彼が片足を骨折したので、身の回りの世話をしていたのです。やがて彼は私に肉体関係を求めるようになりました。私は拒みました。すると彼は私を製粉所に監禁したのです。私は家に帰してくれと彼に迫りました。そして、拳銃を巡って揉み合いになり、気がついたら拳銃が暴発していました」
ところが、この云い分は同年８月１４日に執り行われた裁判では通らなかった。否。通らないどころか、彼女は証言することさえ認められなかったのだ。弁護側の証人が出廷することもまた認められなかった。酷い話だが、ここは南部の田舎町。かつては黒人が奴隷として売買されていた場所である。黒人の人権などないに等しかったのだ。陪審員はみな白人男性で、その日のうちに有罪判決が下り、レナ・ベイカーには死刑が宣告された。
ベイカーの処刑は１９４５年２月２３日、ライズヴィルにある州立刑務所にて執行された。電気椅子に座る彼女の最後の言葉は以下の通り。
「私には身を守るか、それとも殺されるかしか道がありませんでした。神様もきっと許してくれます。準備は出来ています。神様の身元に行く準備が。私は大丈夫です」
ちなみに、ベイカーはジョージア州で電気椅子により処刑された最初にして最後の女性である。２００１年に処刑方法が薬物注射に変更されたので、２人目が出る可能性がなくなってしまったのだ。
死ななくていい人が死んでしまうことがままあるので、私は死刑制度には反対なのだが、後世のアメリカ人も彼女は死ぬべきではなかったと反省したようだ。１９９８年辺りからその気運が高まり、２００５年には正式にその恩赦が認められた。正当防衛が成立し得るケースであり、仮に故殺罪で有罪になったとしても、せいぜい１５年の刑が妥当だったと判断されたのである。
だけど、もう手遅れなんだよね。
（２０１２年３月２０日／岸田裁月）