トーマス・ハミルトン
Thomas Hamilton
a.k.a. The Dunblane School Massacre (イギリス)



トーマス・ハミルトン

 スコットランド南部のダンブレーンは、人口7300人ほどの小さな田舎町である。流血事件とは無縁のこの町で、英国史上最悪の大量殺人事件が発生した。いったい何故? その答えを把握することはたやすいことではない。犯人が死亡してしまっているからだ。

 1996年3月13日午前9時30分頃、トーマス・ハミルトン(43)はダンブレーン小学校の体育館に侵入し、4挺の拳銃(2挺のブローニング・ハイパワーと2挺のスミス&ウェッソン357マグナム)を矢継ぎ早に発砲して以下の17人を死に至らしめた。

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 教師のグウェン・メイヤー以外はすべて1年生の生徒だった。惨たらしいことこの上ない。どうしてこの中年男は年端も行かぬ子供たちに発砲出来たのだろうか? 理解に苦しむ。その後も学校内で発砲を続け、他に15人を負傷させた後に体育館に戻り、銃口を口に入れて引き金を引いた。犯行声明もなければ遺書もない。動機はいったい何だったのか?


 トーマス・ハミルトンは1952年5月10日、グラスゴーで生まれた。父親のトーマス・ワットは彼が生まれた時には離婚している。故に彼は母方のハミルトン家に引き取られ、祖父母の養子として育てられた。22歳になるまで母親のアグネスは年の離れた姉だと思っていたのである。このことが犯行に結びつくわけではないが、なにやらテッド・バンディを連想させる生い立ちである。

 十代の頃は熱心にボーイ・スカウトに加わり、やがて射撃も始めた。ガン・マニアというやつで、成人する頃にはいくつもの拳銃を所有していたという。そして、日曜大工店を営む傍らで、ボーイ・スカウトの指導者をしていたのである。
 ところが、指導者としてのハミルトンは評判が悪かった。手際が悪いというか、例えば、冬山でのキャンプの折りに、車が故障して遭難しかけたとか、低体温症を患う子供たちが続出したりとか、「この人で大丈夫か?」との声が続出したのだ。
 結局、ハミルトンはボーイ・スカウトからの撤退を余儀なくされる。だけど子供たちは大好きだ。だからその後も個人的に、いくつもの子供のクラブを結成し(例えば、サッカーだとか水泳だとか射撃だとか)、その指導に専念していた。

 ハミルトンが小児性愛者だったと見る向きもある。たしかに、彼は40代になっても独身で、自分の部屋に水着姿の教え子たちの写真を飾っていた。そのことで悪い噂も立った。彼のクラブはいくつも圧力で廃部となった。この辺りに犯行の動機があるように思える。ハミルトンは犯行直前に地元の議員や、果てはエリザベス女王にまで嘆願書を送りつけている。「私は小児性愛者ではない」と。「子供たちが大好きなだけなんだ」と。

 私はハミルトンが小児性愛者だとは思わない。そうであったならば、子供たちをあれほど惨たらしく殺せる筈がない。
 ハミルトンにとって子供は、自我を充たしてくれる従順な存在だったのだろう。彼らに指導者として君臨することで満足していたのだ。ところが「小児性愛者」とのレッテルを貼られて変態扱いされてしまった。キレた彼は犯行に及んだ。これが私なりの結論である。もちろん、正しいかどうかは判らない。真相は闇の中である。

(2012年10月15日/岸田裁月) 


参考資料

http://en.wikipedia.org/wiki/Dunblane_school_massacre
http://www.trutv.com/library/crime/notorious_murders/mass/dunblane_massacre/index.html
http://www.murder-uk.com/
http://www.murderuk.com/mass_thomas_hamilton.html
http://murderpedia.org/male.H/h/hamilton-thomas.htm


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