本件はラジオ放送のおかげで犯人が逮捕された最初の殺人事件である。この事件もこれまたかなり間抜けなので、ツッコミを入れながら紹介することにしよう。
1933年8月27日未明、バーミンガム近郊ウェスト・ブロムウィッチでの出来事である。就寝中のフォックス夫人はガラスが割れるような音に起こされた。音は階下から聞こえたようだ。彼女は隣りで寝ている夫のチャールズ・フォックス(24)を揺すって起こし、様子を見て来るように促した。渋々ながらも階下に降りて居間を覗く。と、その途端に背中にナイフを7回も突き立てられた。賊が侵入していたのだ。間もなくチャールズは夫人に抱かれて死亡した。
ちなみに、犯人が盗んだのは、たったの14シリングだった。
翌朝、捜査を開始した地元警察は、近所の肉屋にも窃盗犯が入っていたとの情報を得た。同一人の犯行と思われるが、この犯人、ちょっと変なのだ。
まず、洗面所には犯人が髭を剃ったと思われる痕跡があった。髭剃りに用いた泡が残されていたのだが、押し入った先で髭を剃るかね?
次に、犯人は現場に忘れ物をしていた。それは縫い物セットだった。ボタンか何かを縫いつけたのだろうか? でも、普通は押し入った先では縫わないよなあ。
更に、これが一番間抜けなのだが、犯人は現場にあった牛乳を一瓶飲み干している。そして、その瓶には指紋がしっかり残されていた。
ちなみに、犯人が盗んだのは、牛乳を除けば数ポンド程度だったという。
間もなく犯人の身元は割れた。侵入窃盗常習犯のスタンリー・ホブデイ(21)である。彼の容姿は極めて特徴的だった。背がちんちくりんで、髪は整髪油でオールバックにしていたのだ。そこでBBCラジオは窃盗犯を実名で報道し、その容姿を説明した上で、殺人事件にも関与しているかも知れないとして情報提供を呼びかけた。ホブデイは確実に追い詰められていた。
一方、ホブデイは盗んだ車でチェシャーに向かっていた。ところが、よほど慌てていたのだろうか。車をクラッシュさせてしまう。その後は車を捨てて足で逃亡したわけだが、道中で牛の群れに出くわしてしまう。まごまごしているところを牛飼いに見咎められた。
「あっ、あのちんちくりん、さっきラジオで話していた奴にそっくりじゃないか!」
かくして通報されたホブデイは、間もなく巡査に逮捕されたのである。そして、死刑を宣告されて、1933年12月29日に処刑された。
(2012年10月20日/岸田裁月)
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