ピーター＆マーガレット・ホッグ
ピーター・ホッグがマーガレットと結婚したのは１９６３年１１月１１日のことである。共に同じ航空会社に勤務するパイロットと客室乗務員だった。当初は理想的なカップルに思われたが、子宝に恵まれることなく月日は流れ、１３年も経つ頃には夫婦の仲は冷えきっていた。マーガレットがグレアム・ライアンという銀行員と浮気を始めたのである。
１９７６年１０月１７日、ピーター・ホッグが警察にマーガレットの失踪を届け出た。
「妻はあからさまに不貞を働いていました。おそらく相手の男と駆落ちしたのでしょう」
そして、その行方が不明のまま、離婚訴訟を提起した。間もなく、２人の離婚は認められた。
７年後の１９８３年７月、湖水地方のユースホステルに泊まっていたフランス人留学生、ヴェロニク・マール（２１）が行方不明になった。最後の目撃情報によれば、彼女はワスト・ウォーター湖に向かっていたという。ダイバーたちも動員して大規模な捜索が行われたが、遂に彼女は見つからなかった。
翌年の１９８４年２月、ワスト・ウォーター湖を潜っていたアマチュアのダイバーが、カーペットに包まれた不審物を発見した。通報を受けた警察が早速引き上げたところ、中身は屍蝋化した女性の遺体だった。
当初はヴェロニク・マールの遺体かと思われていたが、検視によれば、年齢はもっと上で、死亡してから少なくとも５年は経っているという。では、いったい誰なのだろう？
身元を割り出す唯一の手掛かりは結婚指輪だった。リングの裏に、
「Margaret 11. 11. 63 Peter」
と彫られている。つまり、遺体は１９６３年１１月１１日に「ピーター」と結婚した「マーガレット」であるわけだ。
この旨が新聞で報道されると、或る女性が警察に心当たりを申し出た。
「おそらくマーガレット・ホッグさんだと思います。私は以前、ホッグさんの家で家政婦をしておりまして、結婚記念日も１１月１１日でした」
１９８４年３月４日、当時５７歳のピーター・ホッグはクランリーの自宅で逮捕された。法廷において、ホッグは殺意を否定し、あくまでも事故だったと主張した。
「私が不貞について妻をなじると、彼女は私に殴り掛かって来ました。私はそれを止めようとして、ついつい首をきつく締めてしまったのです」
それほど簡単に人は死んでしまうものなのだろうか？ 明確な殺意なくして絞め殺すことなど出来ないように思うのだが。
ところが、陪審員はホッグに同情的だった。謀殺ではなく故殺の罪でのみ有罪を評決し、刑はわずか４年に留まったのである。ちょっと軽過ぎると思う。
なお、ヴェロニク・マールの遺体は１９８４年４月、崖の底で発見された。事故なのか否かは判明していない。
（２０１２年１０月２１日／岸田裁月）