デヴィッド・パジェット
David Pagett (イギリス)



ゲイル・キンチン

 ちょっと変わった事件である。これを殺人事件と呼んでしまってよいものか甚だ疑問だが、ユニークなので紹介しよう。

 デヴィッド・パジェット(31)とその恋人のゲイル・キンチン(16)はバーミンガム近郊の町、ルベリーの公営アパートで暮らしていた。同棲した当初は仲睦まじかったが、次第にその関係は悪化した。パジェットという男は気性が荒く、何かとゲイルに手を出すのだ。彼女の妊娠が判った後でも、DVは酷くなるばかりだった。このままでは赤ちゃんの身が心配だ。彼女は折りを見て逃げ出すことを決意した。

 1980年6月11日、ゲイルはバーミンガムで暮らす母親のジュセフィン(40)と義父のエリック・ウッドの助けを得て、どうにか知人の家に逃げ延びた。帰宅したパジェットは怒り狂った。もともと気性の荒い男が本格的にキレたのだから手に負えない。二連式のショットガンを手に取ると、車を飛ばしてウッド家に押し掛けた。
「ゲイルは何処だ! 何処にやった!」
 ウッドは勇敢にもこれに応じた。
「ここにはいない! ここはお前のようなならず者の来るところじゃない!」
 カッとなったパジェットはウッドに目掛けて発砲し、ジュセフィンに銃を突きつけて云った。
「ゲイルがいるところに案内しろ。でないと、お前もこうなるぞ」
 そして、彼女を車で連れ去った。
 一方、ウッドは幸いにも一命を取り留め、警察に通報した。

 その頃にはパジェットはゲイルの身柄を押さえ、自宅のアパートに向かっていた。ジョセフィンはアパートに着いた辺りで解放されたようだ。
 間もなく、2人の武装警官がパジェットのアパートを訪れた。と、パジェットはあろうことか、この警官たちにショットガンを発砲して叫んだ。
「近づくな! この女がどうなってもいいのか!」
 その後も更に発砲が続いた。こうなっては警官たちも銃で応戦せざるを得ない。そして、うちの3発がゲイルの腹部に命中した。パジェットというこの卑劣な男は、彼女を「弾除け」にしていたのである。

 その直後にパジェットの身柄は取り押さえられ、ゲイルは病院に運ばれたのだが、その時には既に胎児は死亡していた。そして、ゲイル自身も6月の末に死亡した。彼女の死はいったい誰の責任なのだろうか?
 パジェットか?
 それとも、警官たちの過失によるものなのだろうか?
 検察官は前者を採用した。パジェットを謀殺(murder)容疑で起訴したのである。しかし、陪審員は流石に謀殺は無理と判断し、故殺(manslaughter)での有罪を評決した。

 結局、パジェットは1件の故殺と3件の謀殺未遂、2件の誘拐と銃器所持の容疑で有罪となり、12年の刑が云い渡された。
 本件がユニークなのは「弾除け」が殺人行為に当るか否かが争われている点だ。常識的に考えれば、殺人行為に当るとするのは無理だろう。しかし、妊婦を「弾除け」にしたパジェットの行為は卑劣そのもので、罪が問われないのは納得できない。この辺りのせめぎ合いが「謀殺ではなく故殺」との妥協点に着地したのではないだろうか。

(2012年10月30日/岸田裁月) 


参考資料

http://www.murder-uk.com/
http://news.google.com/newspapers?nid=2507&dat=19810305&id=kv49AAAAIBAJ&sjid=ZUkMAAAAIBAJ&pg=2262,790415
http://news.google.com/newspapers?nid=2507&dat=19810306&id=k_49AAAAIBAJ&sjid=ZUkMAAAAIBAJ&pg=2820,1073365


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