《ラ・クンパルシータ》が終わると、楽団は続けて《スターダスト》を演奏し始めた。と、間もなく臨時ニュース。

「再び臨時ニュースを申し上げます。ただいまニュージャージー州トレントンからあった発表によりますと、今日午後8時50分に、隕石と思われる巨大な炎に包まれた物体がトレントンから20マイルのグローバーズ・ミル付近の農場に落下しました。CBSネットワークでは事件の重大さを考慮し、現場の状況を中継でお伝えすることにしました。中継車が現場に到着するまでの間、ラモン・ラケーロの音楽をお楽しみ下さい」。

 さて、このあたりでオーソン・ウェルズという怪物について触れておくことにしよう。
 後に《市民ケーン》で映画芸術の頂点を極めるウェルズは、貧乏な放浪画家としてスタートした。十代半ばで家を出て、ロバと共にアイルランドを転々とした。しかし、彼の絵はまったく売れず、ダブリンについた頃は貧困のため、ロバを手放さなければならなかった。
 失うものは何もなかった。
 ウェルズはダブリンの劇場で「ブロードウェイ出身」と経歴を詐称して自分を売り込み、いきなり主役としてデビューを飾った。もっとも、劇場主は彼の素性を知っていたともいう。しかし、この若者の度胸を買っての大抜擢だった。劇場主の眼は確かだった。ウェルズは見事な演技を披露し、満場の喝采を浴びた。やがて渡米。本当にブロードウェイの舞台に立った後、こうしてニューヨークはCBSのラジオドラマの職を得た。この若き天才が次に目指すはハリウッド。彼は名を売るために一騒動起こさなければならなかった。



「みなさん、今、私の前に巨大なクレーターがあります。その中心には奇妙な物体が埋もれています。凄まじい勢いで地面に激突したのでしょう。付近一帯は落下の途中でぶつかったと思われる木々の破片でいっぱいです」。

 ラジオドラマはグローバーズ・ミルのウィルマス農場にマイクを移していた。

「問題の物体は、あまり隕石らしくありません。少なくとも私がこれまでに見た隕石には似ていません。それは巨大な円筒の形をしています。直径は30ヤードはあるかと思われます」。

 背後には群集のざわめきと警官の制する声が聞こえる。そして、これらに混ざって「ブーン」という金属音が聞こえてくる。

 偶然とは時として奇妙なイタズラをするものである。前述の通り、《マーキュリー劇場》の聴取率はいつも1桁。裏の《エドガー・バーゲン・ショー》が40%に近い人気を誇っていた。しかし、8時12分を過ぎた頃、《バーゲン・ショー》にあまり売れていない歌手が登場した。40%のうち15%がチャンネルを回し始めた。そして、彼らは「隕石のニュース」にぶつかり、これに聞き入ってしまった。もちろん、彼らにはこれがドラマである旨の情報は予め知らされていない。このことは確信犯ウェルズにとっても予想外のハプニングであった。



 

「あっ、みなさん、大変なことが起りました。たった今、物体の端がはずれようとしています。頂上部がまるでネジのように回転しています」。
「動いてるぞ」。
「見ろ。はずれかかっている」。
「さがれ。さがれと云っているんだ」。
「うわあ、はずれたぞ。てっぺんがとれた」。
「大変です。みなさん、大変です。内部から何かが、何かが出てきました。怪物です。緑色をした怪物です。何かを持っています。拳銃のようなものです。あっ、今、そこから光線が発射されました。燃えています。光線を当てられた人々が燃えています。ああっ、怪物が今、こちらを向きました。おおっ、神よ」。

 ここでプツンという音と共に中継は途絶える。番組はしばし沈黙。やがてスタジオのアナウンサーが状況を説明する。

「みなさん、グルーバーズ・ミルから電話報告がありました。それによりますと、6人の州兵を含む40人が犠牲になりました。死体は判別がつかないほどに焼けただれ、変形しているとのことです。
 ただ今、政府から緊急発表がありました。まったく信じられないことですが、今夜、グローバーズ・ミルに着陸した物体は、か、火星からの侵略軍であることが判明しました」。