ローウェル・リー・アンドリュース
Lowell Lee Andrews (アメリカ)



ローウェル・リー・アンドリュース

 130kgの巨体に淀川長治のような黒縁眼鏡というアンバランスな風貌が印象的な18歳の青年、ローウェル・リー・アンドリュースほど犯罪と無縁な男はいないだろう。カンザス大学で動物学を専攻する優等生。やや内向的なのが玉に瑕だが、温和な彼を悪く云う者はいなかった。後に地元の新聞が「ウォルコット1のナイス・ボーイ」と彼を評したほどである。
 ところが、彼は「ナイス・ボーイ」であることを望んではいなかった。あろうことか、アル・カポネでお馴染みのシカゴに移り住み、ギャングになることを夢見ていたのだ。

 なんとも突飛な話で、思わず吹き出してしまったが、その風貌を考慮すれば判らないでもない。おそらく彼は「眼鏡でぶ」の自分に並々ならぬコンプレックスを抱いていたのだろう。そして、ギャング映画の中に理想の自分を見つけたのだ。本当の俺はこんなもんじゃない。ボギーみたいなカッコいい男なのだと。
 しかし、ギャングになるためには元手がいる。いいスーツを着なければならないし、いい車にも乗らなければならない。そこで彼が眼につけたのが、父親が所有する広大な農地だった。売却すれば20万ドルは下らないだろう。かくして「ウォルコット1のナイス・ボーイ」は家族を皆殺しにする計画を練り始めた。憎いから殺すんじゃない。必要だから殺すのだ。そんな冷血な自分に、この「眼鏡でぶ」はひとり酔い痴れていたことだろう。ああ、俺はなんてカッコいいんだと。

 当初の計画は毒殺だった。砒素で殺した後に火を放つ。警察は事故死と思うことだろう。
 いや、待てよ。遺体が十分に焼けなかったらどうしよう。砒素が検出されてしまうぞ。ヤバいヤバい。これはヤバい。ならばいっそのこと、強盗に見せかけて殺してしまおう。その方が手っ取り早くて確実だ。

 計画が実行に移されたのは1958年11月28日のことである。感謝祭のために姉のジェニーも帰省しており、皆殺しにはもってこいだからだ。
 午後7時頃、自室で『カラマーゾフの兄弟』を読み終えたローウェルは、髭を剃り、お気に入りのスーツに着替えると、22口径のライフルを手に取り、階下の居間へと向かった。そこでは両親と姉がテレビを観ていた。ローウェルはまず、姉の眉間に目掛けて引き金を引いた。
 ズドン。
 ジェニーは瞬くうちにザクロとなった。これに怯むようなローウェルではない。何故なら彼はクールな殺し屋なのだ。続けざまに母親のオパールに3発、父親のウィリアムに2発お見舞いした。いったい何が起こったのか理解出来ない母親は、我が息子に手を差し伸べながら歩み寄り、口を開けて何か言葉を探している。
「黙れ」
 そう云い放つとローウェルは、更に3発撃ち込んでとどめを刺す。一方、父親はのたうち回りながらもキッチンの方に逃げようとしていた。ローウェルはポケットからリボルバーを取り出すと、弾倉が空になるまで撃ち続け、更に弾を込めると、再び空になるまで撃ち続けた。父親の体内には17発もの銃弾が撃ち込まれていたというから呆れてしまう。
 ローウェルはこの時の心境を後にこのように語っている。
「あのことについては何も感じなかった。来たるべき時が来て、やらなければならないことをやったまでだ。それだけのことなんだ」

 3人の死を確認したローウェルは、窓をこじ開け、家中を引っ掻き回した。もちろん強盗を偽装するためである。さて、お次はアリバイ作りだ。車に飛び乗ると、学生寮のあるローレンスまで飛ばした。その距離約40km。途中、橋の上で凶器をバラして川に遺棄することも忘れない。
 学生寮に到着したローウェルは、寮長のおばちゃんに挨拶する。
「いやあ、まいったよ。路面が凍ってて、ウォルコットからここまで2時間もかかっちゃったよ」
 当日、雪が降っていたのは事実だが、実際には1時間もかかっていない。
「おや、どうしたんだい? 家に帰るんじゃないのかい?」
「タイプライターを忘れちゃってね、取りに戻ったんだよ」
 その後、近くの映画館に入り、もぎりや売り子と言葉を交わした。観たのはパット・ブーン主演『恋愛候補生』。午後11時にそれが跳ねると、その足でウォルコットへと向かった。自宅のポーチでは飼い犬が腹を空かせて鳴いていた。父親の死体を跨いでキッチンに入り、犬の餌を用意する。これにがっつく雑種犬を眺めながら、ローウェルは警察に通報した。

 直ちに現場に急行した4人の巡査は、ポーチで犬をあやす「眼鏡でぶ」に遭遇した。
「いったい何があったんですか?」
 でぶは玄関を指差し、さりげなく答えた。
「中を見て下さい」
 どれどれと中に入ると、予想以上の惨状にどひゃあ。こ、こ、これはたいへんだあ。ところが「眼鏡でぶ」は相も変わらず平然としている。検視官に葬儀の手筈を訊かれると、
「あなた方がどうなさろうと構いませんよ」
(I don't care what you do with them.)
 かく宣うでぶちんが真っ先に疑われたのは云うまでもない。つまり、冷血な殺し屋を夢見るローウェルは、冷血に振る舞ったために逮捕されたのである。まったく間抜けなことである。

 やがて牧師の説得により犯行を認めたローウェルは、法廷では精神異常を理由に無罪を主張した。たしかに、彼は狂っていた。しかし、陪審員は有罪を評決、死刑を云い渡した。

 1962年11月30日に絞首刑に処されたローウェルは、トルーマン・カポーティ著『冷血』の主人公、ペリー・スミスと同じ死刑囚監房にいたことでも知られている。映画『カポーティ』にもちょっとだけ登場し、すぐに首を吊られてしまう。

(2008年9月16日/岸田裁月) 


参考資料

『冷血』トルーマン・カポーティ著(新潮社)
『THE ENCYCLOPEDIA OF MASS MURDER』BRIAN LANE & WILFRED GREGG(HEADLINE)
http://en.wikipedia.org/wiki/Lowell_Lee_Andrews


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