エイドリアン・リム
Adrian Lim (シンガポール)



エイドリアン・リム


タン・ムイ・チュー


ホー・カー・ホン

「儀式殺人」というものがこの世には存在する。悪魔的なカルトの信者が儀式の一環として人を殺める事件である。メキシコのマグダレーナ・ソリスアドルフォ・コンスタンツォの事件がその典型例だ。我が国でも1987年に神奈川県藤沢市で「悪魔払い」と称して、妻が夫をバラバラにしている。本件もまたそんな類いの事件である。

 1981年1月24日、シンガポールのトア・パヨー地区でアグネス・イング・シュー・ホック(9)が教会からの帰りに行方不明になった。彼女の遺体はその翌日、教会から1kmほど離れたアパートのエレベーター脇で、バッグに詰め込まれた状態で発見された。死因は窒息だった。血を抜き取られた痕があり、強姦もされていた。腸の中からも精液が発見されたというから痛ましい限りだ。

 2月7日には同じブロックの木の根本でガザリ・ビン・マルズキ(10)の遺体が発見された。彼もまた前日から行方不明になっていた。死因は溺死である。このたびは強姦されてはいなかったが、やはり血を抜き取られた注射痕があり、背中には火傷も確認された。
 現場には僅かながらも血痕が点々と近くのアパートまで続いていた。それを追う捜査官が最終的に辿り着いたのが、自称「霊媒師」エイドリアン・リムの部屋だった。

 リムは警察にはお馴染みの顔だった。現在、強姦容疑で捜査中の男だったのだ。また詐欺まがいの悪質な霊媒でも知られていた。彼がターゲットにしたのはホステスや売春婦等の夜の女で、同居する妻のタン・ムイ・チューと「ホーリー・ワイフ」こと愛人のホー・カー・ホンは彼のかつての顧客だった。つまり、2人ともリムに洗脳されていたのである。
 室内を捜索した捜査官は、床の上に血痕を発見した。リムはそれを鶏の血だと説明したが、人間のものに間違いなかった。また、アグネスのものと一致する髪の毛も発見された。かくして3名は逮捕され、その供述から恐るべき犯行の一部始終が明らかになったのである。

 事の発端はリムが顧客の1人に強姦容疑で告訴されたことに遡る。彼はこれまでにもたびたび顧客に鎮静剤を飲ませて犯して来たわけだが、ルーシー・ラウだけは泣き寝入りで済まさなかったのだ。小心者のリムは慌てた慌てた。そこで「警察の眼を逸らすため」に一連の犯行を思い立ったのである。児童連続誘拐殺人事件が起これば、強姦事件などに構っている時間はなくなるだろうと踏んだのだ。ところが、その「眼を逸らすため」の事件ですぐさま逮捕されたわけだから、間抜けとしか云いようがない。

 また、彼らにとって犠牲者は生け贄の意味もなしていた。リムはインドの邪神カーリーを信仰しており、どうか私を警察の手からお救い下さいと犠牲者の血を捧げていたのである。アグネスを犯したのは勢い余ってのことだろう。全くもって身勝手な犯行である。少女の肛門まで犯す尊師を2人の女は何を思って眺めていたのだろうか? ここらがカルトの真に恐ろしいところだ。よこしまな信心は人間性さえも奪ってしまう。

 かくして41日間に及ぶ裁判を経て3人には死刑判決が下され、1988年11月25日に揃って絞首刑に処された。何もしなければ強姦のみで裁かれたものを、つくづく愚かな連中である。

(2009年4月26日/岸田裁月) 


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)


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